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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第9章

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373話 月下の密約

 その日の夜。

 病室を抜け出したミコトは独り、病院の屋上で大きな月を眺めていた。


「月だけは……あの世界と変わらない……」


 ボソリ。と。

 胸の中を満たしつつある感情に浸りながら、ミコトはその全身に夜風を浴びる。

 今からやろうとしている事はきっと、彼等に対する裏切りなのだろう。けれど、トーマスの目的が判った以上、保険は掛けておかなければならなかった。


「……どうしたのですか? わざわざこんな所へ呼び出して……」


 そんな背中に、静かなトーマスの声が投げかけられる。

 すると、ミコトはゆっくりとトーマスの方へ向き直ると、薄い笑みをその顔に湛えて口を開いた。


「先生……僕と取引をしませんか?」

「フフ……面白い子だ。続けて?」


 この話は、ミコトにとって一つの大きな賭けだった。

 トーマスの話が本当ならば、彼は心を読む事ができる。それがどの程度のものなのかは分からないが、そんな相手が間近にいる以上、この話は避けて通る事ができないものだ。


「先生は、ゆくゆくはこの国を……エルトニアを潰したい。そうですね?」

「まさか! そんな事をする筈が無いじゃないか! いつか……仲間の仇は、取りたいと思っているけれどね」


 ミコトの問いに、トーマスはおどけた様に大きくリアクションを返した後、柔らかな微笑を大きく歪めて言葉を付け加える。

 それは、イエスともノーと取れる曖昧な答え。だが、ミコトにとっては、この言葉を引き出しただけで十分だった。


「僕達は……()は、この世界で皆と楽しく生きていきたい……。それこそ、大人になってそれぞれが相方を見つけた後も、足腰が立たない程の年寄りになっても……」

「うん。知ってるよ……たぶん、君達を除くこの世界の人間の中で、僕が一番それを良く知っている……」


 煌々とした月明りの下で、二つの笑顔(ポーカーフェイス)が火花を散らし、静かな鍔迫り合いを繰り広げていた。

 そもそも、こと心理戦である交渉事において、心を読めるトーマスを相手に、ミコトが勝てる隙など一分も無かった。

 それは例えるのなら、ミコトだけ手札を全て公開してカードゲームに興じるようなもの。一挙手一投足が読み取られ、そこには戦略の介在する余地など無い。

 ――ならば。


「先生がエルトニアを潰してしまったら、それは到底叶わない。だから……保険を掛けておきたいんですよ」

「保険……ですか?」

「はい。もしも、先生が僕達を見棄てた時(・・・・・)の為の保険を(・・・・・・)……です」


 ミコトは一切の隠し事をせず、トーマスへ打ち明ける事にした。ミコトが求めるのは、安住の地。仲間達と共に暮らす事のできる地を確保する事。

 対して差し出すのは、ミコトがこの世界に来てから、様々な可能性を鑑みて行ってきた数々の暗躍。その成果を明かした上で、トーマス自身に『使える』と判断させるのだ。


「残念ですが、それは取引とは言えませんね。ミコト君、取引というのはただお願いをするのではなくて――」

「――僕は、魔王軍の軍団長に伝手がある」

「……っ!!」


 ミコトはトーマスの言葉を遮ると、力の籠った言葉と共にその目を見返した。

 刹那。ひと際強い夜風が吹き渡り、ミコトの短い髪や病衣の裾がはためいて揺れる。


「その軍団長は、残念ながら指揮権はありません。ですが……彼女(・・)から得られる情報を使えば、僕たちはこの戦場を支配する事ができる」

「………………」

「……加えて、トーマス先生の目的を鑑みても、僕と先生は協力するべきだと思いますが……どうでしょう?」


 静かな笑みを湛えたまま、ミコトは黙り込んだトーマスに向けて必死で言葉を紡いだ。

 それはまさに全賭け(レイズ)だった。

 手の内、心の内を全て明かして、自分の目的とトーマスの目的が合致する事を示す賭け。あとは、トーマスが乗るか反るかを決めるだけだ。


「…………やれやれ」

「……」


 長い沈黙の後、トーマスは小さくため息を吐くと、柔和な笑みを浮かべて肩をすくめて声を上げる。

 それは、まるで呆れたような素振りでありながら、どこか嬉しそうに見える。


「本来なら、君を()としてお上へ突き出す方が賢いのでしょうね……」


 トーマスはゆっくりとミコトの隣へと歩み寄りながら、笑顔を崩さずに言葉を紡ぐ。


「及第点です。どうやって縁を結んだのかは知りませんが、件の軍団長の事を『彼女』と言い表してしまったのは失点ですよ?」

「っ……! それは……確かに……」


 トーマスはクスクスと笑い声をあげると、立ちすくむミコトの肩に優しく手を置いて言葉を続ける。


「けれど……それで本当に良いのですか? 僕には、それをレオン達が望むとは思いませんが」

「良いんです」


 ミコトはまるで心配するかのように問いかけるトーマスへ即答する。

 確かにこれは、この国で……この世界で皆で生きていくというレオン達への裏切りだろう。

 だけど、僕は絶対に未来が見たい。

 誰がどうなるのかは判らないけれど、僕の子供が友達になってじゃれ合う姿を、皆と一緒で傍らから眺めたい。

 その為なら……。


「もともと、僕一人でやろうとしていた事ですから。それに、先生の口添えがあれば、本当に裏切り者になる必要はありません」

「……確かに、極秘任務扱いにできなくはないが……やれやれ」


 ミコトの見せた覚悟に、トーマスは再び大きくため息を吐くと、視線を空へと向けてポツリと零す。


「……その目。僕は知ってます」

「えっ……?」

「仲間を想う、綺麗な目だ……。そう、あの日(・・・)の彼等もそんな目をしていた……」

「っ……!!」


 トーマスは何処か懐かしむような顔でそう告げると、ミコトへと視線を戻して右手を差し出す。そして、ニッコリと笑みを浮かべて口を開いた。


「良いでしょう。今この瞬間から、僕と君は共犯者だ。色々と計画を変更する必要がありますが……それは君が完治してからにしましょうか」

「っ! はいっ! よろしくお願いします」


 ミコトは飛びつくようにトーマスの手を取ると、大きく頷いて握手を交わす。

 これで、ひとまずは安泰。少なくとも、トーマス自身の手によって特務部隊が切り捨てられる事は無くなった。


「フフ……良い取引(・・)でした……」

「僕も、そう思います」


 握手を交わしたまま、二人は満足気に言葉を交わす。その頭上には、静かに辺りを照らす満月が浮かんでいたのだった。

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