370話 先達の言葉
一瞬。シャルロッテは何が起こったのか理解できなかった。パチンという音が響いたかと思ったら、私の手に痛みに似たジンジンとした痺れが残っている。
ただ……ファルトの言葉を聞いた瞬間。一気に頭が熱くなって気が付いたときには彼の頬を叩いていた。
「っ~~~!!!!」
それを知覚した瞬間。浅く早くなっていた呼吸がさらに加速し、熱い液体が頬を濡らす。
私はただ……皆に生きていて欲しいだけなのにっ……!!
それ以外は何も望まない。もう二度と、彼等が他人の手で殺される事なんてあってはならないんだ!!
だが、鋼の如く固めた決意も、仲間達の思いに絆されていった。
けれど、例えそれが自らの意思であったとしても……シャルロッテは、仲間達に二度と命を散らして欲しくは無かった。
――何故なら……。
「もう止すんだ……。頃合いだよ」
「――っ!?」
静まり返った病室に、トーマスの声が優しく響き渡る。
「彼等も君も、強くなった……。違うかい?」
「……っ。……っ!!」
トーマスは涙を流すシャルロッテの傍らまで近付くと、その型に和差しく手を置いて語り掛ける。しかし、シャルロッテはまるで駄々っ子のように首を横に振り続け、声にならない声を張り上げていた。
「ハァ……。まぁ、それは君たちの間の事だ。僕が口出し出来る事では無い。……けれどね」
その様子に、言葉を続けたトーマスは小さくため息を吐いた後、シャルロッテに目線を合わせて語り掛ける。
「どう見ても、君は限界だよ。自覚していると思うが、悩みは精神を蝕み、魔法の発動に影響をもたらす。それに……立場が逆だったらどうかな? 例えば……レオン君が悩みを抱えて壊れていくのを、君は黙って見ている事ができるのかい?」
「そ……れは……」
突如饒舌に喋り始めたトーマスに、レオンを除く病室の全ての視線が集まっていた。その視線は驚きと戸惑いに満ち溢れており、圧し殺した吐息が、早く話を先に進めろと催促しているようだった。
「あくまでも、これは僕の教訓なんだけどね……。言いたい事があるのなら、秘めている想いがあるのなら、伝える事ができるうちに伝えておくべきだよ……」
カチャリ……。と。
トーマスがその手を自分の胸元へと持っていくと、微かに金属が擦れる音が鳴る。そこには、トーマスのかつての仲間達の認識票が提げられていた。
「少しだけ……僕の昔話をしようか……。かつて、冬麻と呼ばれてた男の話さ。『とうま』だから『トーマス』、単純だろう?」
首元からチャリチャリと音を響かせながら、トーマスは柔らかな笑みを浮かべて語り始める。
それは、一人の転生者の物語だった。
過労で死んだ教師がこの世界へと転生を果たし、この世界で出会った新たな仲間たちと絆を育み、そして……。
「彼等は、僕を置いて戦いに行ってしまった。……酷い有様だったよ。頭からエールをかけられて、お前は邪魔だ……ってね」
「っ……そんな……」
トーマスの口から語られる物語に、シャルロッテ達はそれぞれに異なった反応をみせた。
怒りに歯を食いしばるファルトに悲し気に眉を顰めるミコト、そして、シャルロッテは嗚咽を零しながら、その大きな目から涙を流していた。
「……でもね。それは彼等の優しさだったんだ。僕にはそれが感じられた。何故なら、僕の授かった『力』はそういうモノだったからね。彼等は口々に僕を罵倒しながら、その胸の内で泣き叫んでいたんだよ……」
トーマスはそこで言葉を切ると、今にも泣き出しそうな顔で弱々しく微笑んでから言葉を続ける。
「次の戦いは、きっと私達は生き残れない……。だからせめて、お前だけでも生き延びてくれ……。ってね。だから、僕はこうして親友を殺したこの国に落ち延びてまで、今日を生き続けている」
「――っ!!!」
刹那。病室の中の空気が凍り付いた。
今のトーマスの言葉が間違いでないのならば、彼はエルトニアの『敵』……ひいては魔王軍の側の人間と言う事になる。
「……? ああ、そうか。勘違いしないでくれ。言っただろう? 昔話だと。僕の故郷……いや、彼等の故郷はもう、この国に飲み込まれた後さ」
コツ……コツ……。と。
トーマスはゆっくりと部屋の中ほどまで歩きながら微笑むと、今度は中空を眺め続けるレオンの肩に手を置いて話を続けた。
「僕の事なんてどうでもいいんだ。重要なのは二つ……。僕には僕の目的があって、それには君達の力が必要だという事……。そしてその為には……君達にはこんなところで折れて貰っては困るんだよ」
部屋の中をゆっくりと見まわしながら、トーマスは口角を吊り上げて朗らかに声を上げる。
「だから、ホラ。君達には僕みたいになって欲しくないんだ。僕をよく見て、学んで、生かして欲しい。それが僕の為であり、君達の為だと思うよ?」
そう締めくくったトーマスの顔には、いつもの柔らかな微笑が浮かんでいたのだった。




