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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第9章

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366話 獅子身中の虫

「なんだ……これは……?」


 パサリ。と。

 目を見開き、驚愕を露わにしたテミスが震える声を零すと同時に、手に持っていた書類が音を立てて地面に落ちた。

 ルカが足を止めた位置。すなわち、テミス達の目の前にあるのは数軒連なった廃屋だった。

 元は農家か何かの家だったのか、麦が自生する荒れた畑を囲むように、その家々は軒を連ねている。だが、住む者が居なくなって久しいのか、家屋は荒れ放題で中には半分倒壊しかかっている様な状態のものもあった。

 だが……。


「テミス様……いかがなされたのですか?」

「この廃墟群に何かあるんです? 部隊も休ませなければなりません。早く、休息できる場所まで行きましょう」

「――だ」


 テミスはマグヌス達の問いに応えるべく、いまだ冷めやらぬ衝撃を無視して喉をこじ開けようとするが、声にならない僅かな音が微かに漏れ出るだけだった。

 ……これは、いったい何の冗談だろうか?

 声すら出ない程の衝撃から抜け出したテミスは、煮えたぎるマグマのようにどろりとした怒りが自らの内に湧き出て来るのを感じていた。


「テミス様。書類を落とされ――」


 ピタリ。と。

 テミスが取り落とした書類を拾い上げた瞬間、僅かにその内容が目に入ったのだろう……マグヌスもまた凍り付いたように動きを止める。


「何よもうマグヌスまで……その書類に何が書いてあった……と……」


 同時に、怪訝な顔をしてマグヌスの脇から書類を覗き込んだサキュドもまた、顔色を蒼白に変えて石像のように動きを止めた。


 テミスの受け取った書類には、南方戦線に逗留する間、十三軍団が休息する為の宿舎の場所が記されているはずだった。

 だが、これは何の間違いだろう?

 何度書類を読み返しても、十三軍団の逗留場所に指定されているのは、目の前に並び立つ廃墟の群れではないか。


「はぁぁぁぁぁっっっっっ????? 冗ッッ談じゃないわよ!!! あのクソゴリラ、何考えてんのッッ?」


 一番最初に、怒りの絶叫を上げたのはサキュドだった。

 こう見えて綺麗好きな彼女としては、こんな朽ち果てた廃墟群に宿泊するなど我慢がならないのだろう。

 それに続いて、普段はサキュドの暴走を諫める筈のマグヌスが、わなわなと怒りで肩を震わせながら口を開いた。


「こ……これっ……は……フゥゥゥ~~……万が一、手ちっ……手違いでないのならば、我らが軍団に対するこの上ない侮辱ですぞ……」


 普段、本気で怒り慣れていないからだろうか。マグヌスは目を血走らせながら、怒りのあまり回らぬ呂律で無理に平静を装っていた。

 しかし。テミスはこの二人に倍する怒りをその内に煮えたぎらせていた。

 急激に頭に血が上ったせいか、脳内から溢れるアドレナリンも相まって、視界がチカチカと白くスパークする。


「っ~~~!!!! 断ッッ固、抗議するッッ!!! サキュドッ!! マグヌスッ!! 私に続けッッ!!!」

「勿論ですッ!!」

「ハッ!!」


 テミスの号令に従い、マグヌスとサキュドは即座に体の向きを反転させて司令部へ向けて踵を返す。だが、その気迫はさながら仇敵の潜む敵陣に攻撃を仕掛けるかの如く殺意に満ち満ちていた。


「あ~……待った待った……。気持ちは解るが、たとえ司令部へ殴り込んだとしても無駄だと思うぞ?」

「無駄……だと? それはどういう意味だ?」


 だが、一連の流れを苦笑いと共に眺めていたルカが、テミス達の前へと回り込んでそう告げる。すると、三人は気迫はそのままに足を止めてルカへ目を向けて問いかける。


「言葉通りの意味さ……そこには無論、彼等が抗議に応じないという意味も含まれるが……」

「ヘェ……。つまり、この仕打ちはやはり、南方軍が故意的に行ったという事で間違いないのね?」

「っ……待てサキュド。つまり……この仕打ちが、ロクでもない嫌がらせ以外にも何か理由があるという意味か?」


 ルカの言葉にいち早く反応したサキュドを制して、テミスは一歩前に進み出て問いかける。

 このような舐めた仕打ちを許容する訳がないが、あくまで我々が派遣された名目は査察なのだ。ならば、現地の問題点であるタラウードの怠慢に繋がる情報は得ておくべきだ。


「あぁ……宿舎がに空きが無いんだよ……。仮設の宿舎を作る予定だったのだけど、最近のエルトニアの全面攻勢で人手が足りなくてね……」

「っ……。だからと言ってコレ(・・)は無いだろう……。ハァ……物理的にないのならば仕方がない。経費は南方軍名義でギルティアへ請求するとして、分かれて宿屋に逗留するか……。ルカ、悪いがこの町の宿屋に案内を頼めるか?」


 テミスは、ルカの告げるもう一つの理由を聞くと、深いため息と共にそう判断を下した。

 そもそも、逗留場所が無いのに援軍を要請するのもどうかと思うが、司令部へ殴り込んだところで状況が改善しないのならば、わざわざ正面切って喧嘩をしに行く理由も無い。後程、軍団としての抗議文を送り付けてやれば済む話だ。


「あ~……その……済まないが……」


 しかし、ルカはそれを聞いて尚、申し訳なさそうな苦笑いを浮かべたまま首を横に振ると、後ろ頭を掻きながら言葉を続けた。


「この町に宿は無いんだ……」

「……は?」

「実は……現在この町は、魔王軍対エルトニア魔導国方面軍により接収されていてね……。民家や宿屋などは既に南方軍の宿舎になっているんだ」

「なっ……!!!」


 顔を伏せて告げるルカの言葉に、テミスは再び絶句して凍り付いた。

 それが真実ならば、由々しき事態である。

 あろう事か、民間人を守るべきである軍人が、自国の民を搾取しているなどあのギルティアが許容するはずも無い。


「っ…………。一応聞くが、元居た民間人は……?」

「……君の……想像している通りさ。私の担当(・・)には出来る限りの保証をしたが……」

「クッ……!!」


 力無く、今にも泣きそうな顔で告げるルカに、テミスは唇を噛んで爆発しそうになる怒りを何とか堪えた。

 やはり、あのタラウードとか言う指揮官は底抜けの馬鹿らしい。最前線の町の民を放り出せば、敵方に寝返る者達も出て来るだろう。更に、寝返る事すら出来ない魔族は、はぐれ(・・・)となり、魔王軍への恨みを胸に略奪を繰り返すようになる。……まさに愚策中の愚策だ。

 だが、ここでルカを責めても意味が無い。何とか、元凶であるタラウードを始末しなければならないが……。


「奴を殺せば、戦線が瓦解するッ……」


 どんな愚者であろうと、エルトニアが全面攻勢に出ている今、即座にタラウードを始末する事は出来ない。

 戦線が瓦解すれば、より多くの人々が戦渦に巻き込まれ、新たな暴虐を生み出す事になる。


「グクッ……っ~~~~!!!! 兵を集め、周囲を探索させろ! 今日は野営陣を張るッ!」


 即座にタラウードを始末でき無いのならば、必然的に今日の宿は野宿か目の前の廃墟だ。

 テミスは煮えたぎる怒りを深く飲み込むと、周囲を赤く照らし始めた夕日を背にそう指令を下したのだった。

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