363話 覚悟の違い
「っ……!!」
戦場に響いた静かな声に。絶望と諦観のどん底に居たレオンは、目を見開いて視線を向ける。
そこにあったのは、満身創痍の身体を引き摺りながらも、再び立ち上がるファルトの姿だった。
「馬鹿な!! 止めろと言うのがわからないのかっ! このままでは本当に死ぬぞっ――!!」
その姿に、ファルトの一番近くに居たマグヌスが叫びをあげる。
しかし。
「俺はまだ……死んでねぇッッ……!!」
ズルズルと体を引き摺りながら、ファルトはガンブレードを杖にして一歩ずつ前へと歩き続けた。
「俺達は……負けないッ……!! 誰も……殺させないッ……皆で……帰るッ!!」
ガキン。ガキン。と。
一歩を踏み出す毎に一言。ファルトは苦し気に言葉を紡ぎながらマグヌスの前へと辿り着いた。そして、ガクガクと脚を震わせながら、ゆっくりとガンブレードを振り上げて笑みを形作る。
「…………………………マグヌス」
「御意に」
たった一言。
その光景を眺めていたテミスが、マグヌスの名を呼んだ。
すると即座に頷いたマグヌスは、腰の太刀を抜き放ってファルトと相対する。
だが、その一方で。
決してあきらめないファルトの姿を見たレオンの心の内に、消えかけていた炎が揺らめいていた。
――そうだ。俺達は生きてあの町へ帰る。あの町で暮らし、この世界の住人として生きていく。……そう決めたはずだ。
「クッ……ウゥッ……!!」
「……っ! …………」
足元で微かに漏れたレオンの嗚咽に、ピクリとテミスの眉が反応する。しかし、言葉をかける事は無く、その視線もファルトとマグヌスから動かなかった。
俺にはまだ、魔力が残っている。
武器を失っただけで、この身体はまだ動く! ならば、最後まで死力を尽くして活路を見出す事が、隊長としての責務だッッ!!
「っ……!」
そして、レオンはたった一つの方法へと辿り着いた。
魔力を込める武器が無いのならば、この肉体そのものを使えば良い。
いつかの授業で習った事だ……ガンブレードの銃弾は使用者の魔力を吸収して圧縮し、打ち出す瞬間に一気に開放する道具。
ならば、理論上。魔力をこの体内で圧縮する事は出来る筈だ。
この方法ならば確実に。この十三軍団とか言う連中を倒す事ができる。だが、これをすれば俺はもちろん、アイツらだって無事で済む保証は無い……。
「クッ……」
しかし。レオンが漏らした息と共に固く拳を握り締めた瞬間。
ギャリィンッ!! と。
けたたましい金属音と共にファルトの手からガンブレードが弾き飛ばされ、キリキリと宙を舞った。
もう……やるしかないっ!!!
今度こそ本当に崩れ落ちるファルトの姿を視界に収めながら、レオンは覚悟を決めて魔力を練り始めた。
俺は、情けない隊長だった。
皆を死なせないなんて言った癖に、こんな窮地に追い込んでしまった。
それどころか誓いも忘れて、戦果よりも生存を優先しようとした。
「ファルト……」
遠くで倒れ伏した親友の名を呼びながら、レオンは魔力を練り続ける。
しかし、傍らのテミスは黙したまま動かず、ただ沈痛な面持ちで状況を俯瞰していた。
なんだ? コレは。
レオンの傍らで状況を確認しながら、テミスは酷い苛立ちを覚えていた。
この戦いに勝ったのは我々だ。だが、これではまるで、我々だけが暴虐を働いているかのようでは無いか。
今までの戦いの中で、泣きながら降伏する奴も、魂を燃やして最後まで抗い、散って言った奴も居た。
だが、こんなにも不快な思いを抱いたことは一度も無かった。
何故なら。悪は悪を自覚して、時には我々を恨み、呪いながら死んでいった。己が胸に掲げた理想に殉じて逝った。連中とて、自らの行為の認識に差異はあれど、自らが奪う側の人間であることを理解していた。
だというのに、こいつらは何だ?
まるでただの子供ではないか。自らの力を過信して好き放題に暴れ回り、窮地に陥った途端、全てを投げ捨てて悲劇に浸っている。
仲間同士の絆はあれどそこには、一片たりとも覚悟というものが備わっていなかった。
「ハァ……これだから子供は嫌いなんだ……」
ボソリ。と。
テミスは誰にも聞こえない程に小さな声で言葉を漏らすと、憂鬱を吐き出すように小さくため息を零す。
実に下らない茶番だった。
確かに力こそ強力ではあるが、蓋を開けてみれば子供の遊びに付き合わされただけ。骨折り損のくたびれ儲けとはまさにこのことだ。
「オイ。そこの。無駄な事はやめておけ」
「――っ!!!!」
ここでようやく、テミスは先程から自らの足元で魔力を練り続けているレオンに声をかけた。
おおかた、仲間の決死の覚悟に触発されて、下らん自爆特攻でも仕掛ける腹積もりなのだろう。
幾らテミスと言えど、転生者が自らの命と引き換えに放つ攻撃を、完全に圧し殺せる可能性は低い。そうすれば間違いなく、十三軍団には小さくない被害が出る事になる。
「帰っていいぞ。下らん茶番だ。背負う覚悟も無い連中の遊び相手など、やってられるか」
「な……に……?」
それだけ告げると、テミスは抜いていた大剣をその背に収めて、戦闘を終えた部下たちに目を向ける。
彼等の腕の中には、ボロ雑巾のように傷を負ったファルトとミコトの姿があった。
「テミス様……」
「フム……うん……あぁ……ご苦労」
同時に、戦闘の終了を察知したのか、周辺の偵察に当たらせていた兵士が、テミスに駆け寄って耳打ちをする。
テミスは小さく頷きながらその報告を受け取ると、コクリと大きく頷いて兵を下がらせる。
「遠足は終わりだ。貴様らエルトニア軍がじわじわと戦線の後退を始めたらしい。じき、お前達が食い破った穴も塞がるだろう。そうなる前に、さっさと帰るんだな」
ポカンと呆けたような表情を浮かべるレオン達に、テミスはそう冷たく言い放って背を向けた。
「何故……敵であるお前達が俺達を見逃す……?」
傷付いた仲間達の身柄を受け取りながら、レオンは驚愕の表情を浮かべてテミスの背に問いかける。
まるで意味が解らなかった。
敵陣奥深くまで食い込むほどの戦闘力を持つ自分たちを、敵であるテミス達がここで叩かない利点は無いというのに……。
「ん……? あぁ……そういう意味か。悪かったな『小僧』。あまりに戦えるものだから敵かと思ったが、まさかただのヒトだったとは……。己が力を誇るのは結構だが、気軽に遊びに来るのはもう止した方がいい」
テオンの問いにテミスはふと立ち止まると、振り向きすらせずにただつらつらと一方的に言葉を並べた。
そして、それだけ言い残すと、絶句するレオン達を残して、十三軍団は戦場から引き揚げていったのだった。




