362話 不屈の炎
「ミコトォッッ!!!」
紅色の弾丸の雨がミコトの姿を呑み込んだ瞬間。シャルロッテの悲痛な声が戦場に響き渡る。
だが、轟音と共に凶弾の喉へと呑まれていく刹那。駆けだしたシャルロッテの足を、ミコトの残した視線が留めさせた。
同時に、魔力弾が弾ける音に交じり、ガンブレードが火を噴く発射音が微かに響いていた。
「っ……!! ミコトも頑張ってるッッ!!」
シャルロッテは目を見開いてそう叫ぶと、唇を噛み破ってミコトに背を向けた。
そうだ。ミコトは私を信じてファルト達の所へ送り出してくれたんだ。なら、私だってそれに応えなきゃ嘘だッ!!
口の中に広がる血の味を噛みしめながら、シャルロッテは顔を上げて戦場を見渡した。
しかし、そこに広がっていたのは、彼女の心を降り砕くには十分過ぎるものだった。
「う……嘘ッ……」
その光景を見た瞬間。シャルロッテは自らの武器を取り落として、その場にべしゃりと崩れ落ちた。
あのレオンが、負けた……?
テミスの前で膝を付くその姿は、シャルロッテにはとても現実には思えなかった。
レオンはまだ、切り札を残している。だというのに、何でそんなに苦しそうな顔で戦いを見守っているの……?
信じられない。こんなのは嘘だ。悪い夢なんだ。
見開いた瞳からは涙がとめどなく溢れ、奮い立たせた心を絶望が支配していく。
「シャルロッテッ!! グッ!! 馬鹿……野郎ッッ!! 諦めんなッ!!」
だが、そんな中でただ一人、絶望に抗い続ける者が居た。
剛力を以て打ち込まれる剣を受け止め、ただひたすら後ろへ退きながら、ファルトは必至の叫びを上げた。
「俺達はまだ負けちゃいねぇッ!! コイツさえ倒せばまだッ……ぐあッ――!!」
だが、その叫びさえも。
技を用いて叩き込まれたマグヌスの剣閃を受けて弾き飛ばされ、苦しげな声と共に土煙の中へと消える。
「剛龍剣……。かの猛龍の一撃と謳われたこの技さえ凌いで見せるのか……」
「グクッ……へへっ……この程度……屁でも……ねぇッ!!」
冷静な言葉を告げながら、マグヌスは剣戟によって開いた距離をゆっくりと詰めていく。
その向かう先、土煙の中からはファルトの強い台詞が響いてくるが、隠しきれない苦悶の呻きが、ただの虚勢であることを証明していた。
「その気概は見事である……だが、解るだろう? 私とお前では、潜り抜けていた戦いの数が違う……力量の差は圧倒的だ」
「解ら……ねぇさ……」
「っ……止せ。もう立つなっ!」
ジャリッ……。と。
ファルトはボロボロの身体に鞭を打ちながら、ガンブレードを地面に突き立て、気合だけで立ち上がる。
だが、その身体は既に満身創痍。誰がどう見ても、戦いを続ける事は不可能だった。
「シャル……ロッテェ……!!」
だが。それでも尚。
よろめく足を踏み出すと、ファルトは血を吐くような声で叫び続ける。
「ブーストだッ!! 七重奏……早く寄越せッ!!!」
「っ……止めろっ!! もう決着は付いたッ! お前のような男を殺したくはないッ!」
「――まだだァッ!!」
「――っ!!」
マグヌスの制止を無視して、執念の叫びと共にファルトは死に体の身体で『敵』へ向かって前進を続けた。
「俺はまだ……戦えるッ!!!」
しかし、その言葉とは裏腹に、地面に転がる小石に躓いたファルトは、為すすべなく地面にその身を叩き付ける。
どう見ても、限界だった。
「シャル……ロ……」
「……馬鹿……じゃないの……?」
「――っ!!」
シャルロッテは、そんな限界を超越した姿になりながらも、自分に強化を求め続けるファルトにうわ言の様に言葉を零す。
「私に……アンタを殺せっていうの……?」
「っ……!! …………」
その言葉を聞いたマグヌスの肩がピクリと跳ね、ファルトの気迫を警戒するかのように構えられていた切っ先が静かに降ろされる。
「今のアンタに……私にできる事なんて……無いじゃないッ!!」
悲痛に放たれた絶望の叫びが戦場を震わせ、重苦しい空気がその場に居合わせる全員の肩へのしかかった。
シャルロッテの魔法は、彼等が思い描いていた魔法ほど万能なものでは無かった。攻性魔法を犠牲に会得した多重詠唱と支援特化。争いを好まない彼女にとって、その戦闘スタイルはまさに天職だった。だが、水を湯へと変化させるには熱が必要なように、彼女の力は常に対価を求めた。
ブーストが燃やすのは魂の力。肉体の限界を超えて駆動させるその魔法は、被術者の身体に凄まじい負担をかけるし、回復の魔法で消耗した体力を回復する事は出来るが、直接傷を癒す事は出来ない。
自らの扱う魔法だからこそ、この現状に打つ手がない事を、シャルロッテは誰よりも理解していた。
強化をすればファルトは死ぬ。回復をしてもファルトは死ぬ。彼が戦う意思を捨てない限り、その未来が変わる事は無い。
「……降参する。だから……だから命だけは……」
「…………」
「……テ……メ……」
傍らに転がる武器の側を離れ、シャルロッテは静かに立ち上がると、両手を挙げてマグヌスの元へと歩み寄る。
マグヌスは沈痛な面持ちでテミスを一瞥し、何も言わずにその肩へ手を置いた。
「クッ……」
その悲惨な光景を眺めながら、レオンは己が無力を呪い続けていた。
仲間を守れず、何が隊長だ? 俺が前に出るべきだった。己を呪う悔恨の念は涙となってその頬を伝い、打ち砕かれた彼等の未来の欠片の様に、地面に落ちて儚く散った。
だが。それでも……生きる事ができるのなら……。
せり上がった弱音が麻薬のように心を溶かし、固めた覚悟と誇りを蝕んでいく。
「ハァ……参ったね……どうも……」
テミスは深いため息を吐くと、陰鬱な表情で呟いた。
戦いに勝利した喜びなどまるでない。
この戦いの果てにあったのは、奪われて嘆く者と、未来を砕いたという事実だけ。重苦しい絶望だけが、戦場だった荒野を支配していた。
「待……てよ……」
「――っ!!!!」
だが、そんな静まり返った戦場に、一つの声が響き渡ったのだった。




