338話 共に戦う者達
「クゥッ――……」
銃撃音と共に、テミスの頬に熱風が叩き付けられる。
それは、明らかに連中からの攻撃だった。だが、熱風こそ吹き付けてくるものの、痛みは不思議と、いつまで経っても襲ってこなかった。
「んっ……?」
直後。
顔を庇って反射的に振り上げた腕の隙間から、キラリと輝く紅い光がテミスの目に飛び込んでくる。
「これはっ……!」
その光の正体は、血のように紅い一本の長槍だった。
槍はまるでテミスを守るように地面に突き立つと、その身に纏った魔力で爆風を切り裂いていたのだ。感じていた熱風はそれの余波。この槍の主に、私は今守られたのだ。
「魔槍・グングニール……。独断ながら、主の窮地と判断し水を差しました。お叱りならば、後程……」
「いや……助かったぞ。サキュド」
爆風の威力が収まった途端。聞き慣れた声と共に、一人の幼女が地面に突き立った紅槍の傍らへと舞い降りる。
その動きには全くの淀みが無く、その小さな体に宿した猛烈な魔力は、相対するレオン達へ絶望を与えるには十分だった。
「っ……! そんなっ……」
「嘘だろ……!? 何が優秀な俺達なら楽勝だ……だよっ!」
「軍団長級の敵がこんなに……」
「ッ……!! 諦めるな」
だが、次々と絶望の声を上げる仲間をその背に庇い、レオンだけはただ一人その剣を下す事無く構え続ける。
俺達のコンビネーションは確実に通じる。だからこそ、あの槍使いは自分の得物を投げてまで、このテミスとか言う軍団長を守ったのだ。
冷静に状況を分析したレオンは、無言でガンブレードを奇妙な形に構え直す。刃を上に、そして姿勢は低く刀身の下に潜り込ませ、左手は切先の裏に添えているだけだった。
「……! マグヌス。サキュド。手を貸してくれ。油断はするなよ」
「ハッ……!」
「くふっ……了解ッ!」
しかし、テミスは無言で傍らに並び立ったサキュドとマグヌスへそう告げると、更にその後ろから追い付いてきた十三軍団の面々に向けて命令を下す。
「お前達は下がって、作戦プラン通り周囲の警戒にあたれ!」
「ハッ!」
その途端。十三軍団は分隊毎に分かれると、迅速に周囲へと散らばって行った。
「……たった3人でいいのか? あれだけの頭数を引き連れておいて」
だが、そんなテミスを挑発するように、ガンブレードを構えたままのレオンが不敵な笑みを浮かべて挑発する。
「フン……下らん挑発だ。マグヌス……お前は赤髪をやれ。サキュドは後ろの二人だ」
「……ハッ! 承知ッ!」
「えぇ~……アタシ、真ん中の黒髪が良かったです~……」
「――返事は?」
「はぁ~い……」
けれど、テミスはそんなレオンの挑発を一笑に伏した後、小声でマグヌス達に指示を下して言葉を交わす。
その命令に対してマグヌスは実直に、サキュドは口調こそ煮え切らないものの、その目には好戦的な光を爛々と灯していた。それは、獲物を目の前にした獣に表情があったのなら、このような顔をしているのだろうな……。などと、テミスに雑念を抱かせる程に輝いていた。
「構えろ! 来るぞッ! 連携を崩すなッ!」
「チィッ……ここは地獄の一丁目かってのッ!」
「……各術式、待機オーケー。援護は任せてっ!」
「と……なるとボクの役目は……うわぁ……」
一方で、レオンの言葉で戦意を取り戻したファルト達も、自らの武器を抜き放ってテミス達と睨み合った。
この戦いは決して、絶望する程に不利なものでは無い。テミス達と向かい合いながら、レオンはこの短い時間の中でそう確信していた。
部隊を下げたのは恐らく、全弾発射・円状形態を警戒しての事だろう。故に、そう何度も連発できる技ではないが、それを悟らせないためのブラフも張った。
「フゥ……」
レオンは小さく息を吐くと、正面で大剣を構えるテミスを睨み付ける。
これで、状況は五分と五分。個人の力量に絶望的な差が存在する事を鑑みれば、こうして連携戦に持ち込めた時点で、前哨戦の戦果としては十分だろう。
そう、内心で一息をついた瞬間だった。
「ククッ……! せっかくの戦場だというのに、こう睨み合ってばかりでは意味が無いな? ――月光斬ッ!!」
「――っ!!! なっ……!?」
「なにィッ――!?」
大剣を抜き放ち、振りかぶったテミスが狂笑と共に、レオン達に向けて斬撃を放った。
刹那。十三軍団の面々には見慣れた巨大な三日月状の斬撃が、テミスが大剣を振るった軌跡から射出される。
「ムゥンッ!!」
「ぐぁッ……クソォッ!!」
「ウフフッ……よく見たら、2人とも可愛いわぁっ……!」
「クッ……サキュバスめ……!」
同時に、テミスの仕掛けに即応したサキュドとマグヌスも、自らの敵へ向けて飛び出し、それぞれに攻撃を叩き込んだのだった。




