333話 南へ……
数日後。
新たにギルティアからの依頼を受け取ったテミスは、商隊に偽装した馬車群を指揮していた。
だが、その顔は不機嫌極まりなく、近付く者すら威圧する程の気配が、延々と垂れ流されている。
「っ……テミス様……」
「なんだ?」
「お気持ちは重々理解しておりますが、どうかここは悋気をお納めになっては……部下たちが怯えております」
「……別に怒って等居ない。ただ、気に入らんだけだ」
気を利かせたマグヌスがそう囁くも、テミスはまるで子供のような理論を展開すると、再びむすくれた顔のまま黙り込んでしまう。
「やれやれ……こりゃ相当ね……。ま、アタシも気持ちはわかるわよ。こんな大荷物を抱えて南方へ向かわされるなんて……アタシ等は補給部隊じゃないっての」
だが、会話はそこで途切れず、隣で寝そべっていたサキュドが、チラリと後ろへ目をやりながら愚痴をこぼした。
その先には。荷台一杯に詰め込まれた物資が山積みにされており、それに押しつぶされるかのように小さくまとめられた野営道具が、傍らへと追いやられている。
「それだけではない……。ギルティアの奴が寄越した追加情報では、敵方に冒険者将校並みの力を持つ特記戦力が現れたらしい」
「ほほぅ……? それはそれは……楽しみですね?」
「はぁ……頭の痛い事だ」
むっつりとした顔でため息を吐いたテミスが言葉を添えると、サキュドは目を輝かせて笑顔を零す。だが、部隊を預かる者としては、敵の戦力など弱いに越した事は無いし、その部隊が奇襲性に特化した四人一組の部隊だなんて聞いた日には、いっそ転進してファントへ戻ってやろうかと思ったくらいだ。
「こちらは過積載に加えて人数不足。鈍重極まる縦隊だぞ……? 格好の獲物ではないか……」
事実。大量の物資を輸送しているテミスたちの部隊の足は遅く、通常馬車を使えば一週間ほどの行程だというのに、いまだその四分の一も進んでいない始末だった。
この分では、少なく見積もったとしても通常の倍は時間がかかる。
「だがまぁ……名目は視察だ。急ぐこともあるまい……無理に急いで馬が潰れては、それこそ元も子もないからな」
「ハッ……! それでは、全ぐ……全隊に周辺警戒を強めて行軍するよう指示をします」
「あぁ……。それから、後方にも気を払え。枝でも付いて居たら面倒だからな」
「承知しました!」
気だるげにテミスが命を下すと、マグヌスは即座に耳に手を当て、通信術式を用いて部隊に指示を伝える。
腕が立つとはいえたったの四人。頭数はこちらが圧倒しているのだ、例え奇襲されたとしても、大した被害を出さずに退ける事は出来るだろうが、アルスリードやサージルのような例外も存在する、注意をしておいて損は無いだろう。
「だが、懸念事項は各個撃破か……」
同時に、テミスは緩みかけていた脳味噌を切り替えると、部隊の布陣を頭の中に思い浮かべる。
現在。十三軍団は大規模商隊を装って南下している。また、極端に足が鈍い為、その配置は縦に細長く並ぶ縦列隊形となっていた。
この場合、部隊中央に襲撃を受けたとして、全ての部隊の集結にかかる時間はおよそ一分弱……その間は、数個小隊から数個中隊規模の戦力で襲撃者と戦う羽目になる。
「クソ……戦力を分散させるか……? いやしかしっ……」
テミスは爪を噛むと、その苛立ちを発散するかのように頭を掻きむしった。
勿論。間近にいるサキュドにとっては、苛立っていた上司が唐突に怒りを露わにするという奇行に映り、一瞬だけその目を丸くしてテミスを見つめた。
「全く……移動中の退屈を凌げば良いかと思っていたが……とんだ災難だ。ひとまず、次の休息ポイントで護衛の数を増やし……」
「ね。ね。テミス様?」
「……!? 何だ、サキュド。今は少し考え事をだな――」
「――ならいっそ、守らないって手もあるわよ?」
「なに……?」
突如。その呟きを聞いていたサキュドが口を挟み、テミスの思考が中断される。
思考を呟きで漏らしていたのは自覚しているが、それを聞いてなお、部隊を守らないとはどういう事だろうか?
「ん~とね。この街道ってほぼ一本道じゃない? だから、襲撃のポイントは限られてくる。例えば、森を抜ける時とかね」
「あぁ……」
「なら、そこだけ暇してる奴等を何人か先行させて偵察して、安全を確保してから行けばいいと思うわ」
「――っ! 斥候を放つのか……。成る程ッ!」
サキュドの言葉に、テミスは天啓を得たとばかりに目を見開いて声を上げる。
確かに、私は襲撃された時に部隊をどう守るかに囚われ、その本質を考えていなかった。
兵の数を割く事になる為、休息時間を重ねてピンポイントで防備を固める必要があるが、サキュドらしい大胆な方案だ。
「フフ……やるじゃないかサキュド。見直したぞ。その案で行こう」
「お力になれたのなら……って、テミス様? 今、見直した……と? 普段はアタシの事をどう思っているのですか?」
「ンッ……? いや、頼もしいと思っていたが、軍策にも明るいとは……」
「あ~っ!! テミス様! それ遠回しにアタシの事馬鹿だって思ってたって事ですよねッ!? ひっど~いっ!!」
「っ……!! 嗚呼……」
失言だった……。これでは、部隊の運用で頭を悩ませていた方がマシだったかもしれないな……。と。サキュドにぐいぐいと詰め寄られながら、テミスは頭を抱えたのだった。




