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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第9章

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332話 掌の上

「ギルティア貴様ッ!! この書状はどういう意味だッ!!」


 ヴァルミンツヘイムは魔王城の一角に、テミスの怒声が響き渡った。

 今は丁度夕刻。ギルティアの勅命を受け取ったテミスは、即座に馬を飛ばして疾駆し、真正面から魔王城へと殴り込んだのだ。

 その傍らにいつも控えている副官たちの姿は無く、それがテミスの怒りの程を体現していた。


「テミス様ッ! どうか……どうかお控えにッ!」

「黙れ! ギルティアは何処だ!?」

「ですから……魔王様は今取り込み中でして……」

「ああ、取り込み中だろうな!! おおかた、南方をいかに攻めるか腐心しておられるのだろうなァ!?」

「――っ!」


 テミスは引き留める衛兵を怒鳴り付けると、懐から書状を取り出してその顔面へ叩き付ける。

 その衝撃で書を留めていた紐が外れ、その中身が床の上に広げられた。

 そこに書かれていたのはただ一文のみだった。


『第十三独立遊撃軍団へ要請。直ちに兵を纏め、南方戦線へ加わられたし』


 そこに刻まれた文字は精緻で読みやすく、一度はギルティアの書く文字を見た事がある者ならば、即座に彼の肉筆であると理解できる。

 故に。テミスはこの文を寄越したギルティアが、いったい何を考えているのかを問い質しに来たのだ。


「も……申し訳ございませんが、いくらテミス様であっても、今ギルティア様の元へお通しする事は出来ません」

「ホゥ……? つまり魔王軍は、私と敵対するという事か?」

「いえっ! いち衛兵である私には、そのような判断は……」

「だからその判断をさせる為に、ギルティアの元へ通せと言って居るのだろうがッッ!!!」

「――っ!!」


 押し問答を繰り返す衛兵に業を煮やしたテミスが、堪えきれず何度目かになる雷を衛兵へと落とす。

 何をそこまで頑なに隠しているのか。そもそも、南方には十二分に戦力を割いて居る筈。南方が拮抗している間に、ロンヴァルディアとの決着を付ける方針では無かったのか?


「喧しいぞ。そうがなるな。テミス」

「ギル――ッ!?」

「――っ!!」


 突如。あてどなく城内を突き進むテミスと、それに追い縋る衛兵の前にギルティアが姿を現した。

 しかし、その覇気に溢れていた顔には色濃い疲労が溜まり、目の下に広がる巨大な隈が、ただでさえ血色の悪い顔色をさらに悪化させていた。


「お前なら、そう書けば血相を変えて飛んでくるとは思っていたが、流石に……早いな?」


 ギルティアはそう告げながらテミスへ近づくと、ほんの一瞬だけ、その足元が僅かに傾ぐ。だが、そんな風体はおくびにも出さず、ギルティアはただ不敵な笑みを浮かべてテミスに言葉を続ける。


「そう高い声でギャンギャン喚かれては、頭に響く。説明してやるからついてこい」

「――っ! ギルティア様ッ! しかし……ッ!」

「良い。今説明しなければ、この女はずっと俺の横で喚き続ける。心配するな。お前達の忠誠は届いている」

「――ハッ!」


 それでも尚、引き留めようとする衛兵に、ギルティアは微笑みかけると、身振りで下がるように指示を出す。

 すると、何故か目を潤ませた衛兵はその場で敬礼をすると、じっとりとした不満気な視線をテミスに残して立ち去っていった。


「……何があった?」

「南方からの援軍要請だ」

「援軍要請だとッ!? 馬鹿な! 魔王軍の半数もの戦力を割いていたのではなかったのか!?」


 ギルティアの背に続きながら、即座に状況把握へとシフトしたテミスの声が、あまりの驚きで裏返る。

 南部戦線の指揮官はいったい何を考えているのだ? そもそも、首都から離れた位置の戦線に全軍の半数を割くなど正気の沙汰ではない。だというのに、それだけの兵を預かりながら更に援軍を要請するとは、無能にもほどがあるのではないだろうか?

 その指揮官を無能でないと仮定するのならば、首都を守る魔王軍を自らの元へ集め、革命でも起こそうと企んでいると見る方が無難だろう。


「お前の懸念も理解はしている。だからこそ、お前達に頼みたいのだ」

「だがファントはどうする!? 正面戦力である十三軍団が抜けては、ようやく作り出した膠着状態が無に帰すぞ!」

「……茶番は止せテミス。悪いが、今お前の謀略ごっこに付き合っている余裕は無いんだ」

「なんだと……!?」


 だが、南方への出兵を拒絶すべく、交渉を始めようとしたテミスに放たれた言葉は、にべもない一言だった。

 そもそも、こちらは依頼を請ける側。最悪、南方の事など知った事かと依頼を断る事もできるのだ。だと言うのに、ギルティアは有無を言わさぬ口調で、立ち止まったテミスを振り返って言葉を重ねる。


「現状の第十三軍団が有する兵力ならば、主力部隊を南方に回しても守護領域を通常防護するだけの力は残る。それに、テミス。お前が奔走していた計画はほぼ完成しているのではないか?」

「――っ!! 私が……計画?」


 その言葉に、テミスの頬にうっすらと汗が滴った。

 まるで、全てを知っているかのような口ぶり……。フリーディアとの間に結んだ休戦協定は仕方がないとしても、まさかケンシンの事まで……。


「クク……。俺の理想に沿っているから不問としているがな? 未だに攻略を続けているはずの、プルガルドの部隊から一向に被害報告が上がって来ないのは何故だ?」

「ッ――!!? それは……ッ!!」


 刹那。テミスは全ての情報がギルティアに握られている事を理解した。

 少なくとも、フリーディアやケンシンとの欺瞞戦闘は全て、ギルティアに対しては無意味だったと見るべきだろう。


「それにな……テミス。南部戦線が崩壊すれば、我々は現行の戦力でロンヴァルディアだけでなく、エルトニアとの戦線も抱え込まなくてはならない。後方のこの地はともかく、お前が気に入っているファントは最前線……間違いなく戦火に呑まれるぞ?」

「脅す……つもりか……?」

「いいや? ただ、事実に基づいた予測を語っただけだ」


 言葉と共に、テミスはごくりと喉を鳴らす。確かに事実を並べ立てただけだが、それは悉くテミスの出撃しない理由を粉砕していった。故に。ギルティアは不敵な笑みを浮かべて戦慄するテミスを一瞥すると再び歩き始める。


「クク……これでもまだ呑めないというのなら……折衷案だ。お前達が南方へと赴く理由は援軍では無く査察……。あくまでも名目上のものだが、現地での自由はある程度確保できるだろう」

「っ…………。承った。だが、情報は根こそぎ貰っていくぞ」


 テミスは長い沈黙の後、ギルティアの折衷案を承諾すると、一言付け加えて大きくため息を吐いた。

 まさに、理想的な折衷案。そもそも、ギルティア自身この落としどころへ持っていく予定だったのだろう。流石は魔王を名乗るだけあって、知略謀略の類はとんでもなく優秀らしい。


「クク……無論だとも。ついでに我等の用意した支援物資も根こそぎ持って行くと良い」

「やれやれ……よく言う……」


 ニヤリと口角を歪めて言い放ったギルティアを追いながら、テミスは再び巨大なため息を零したのだった。

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