330話 最強の切り札
「っ~~!! ファルト! 下がってあいつらを守れッ!!!」
瞬間。レオンはシモンズの並外れた力量を察知し、鋭くファルトへ指示を出す。
同時に、自らはその撤退を援護するかのように前進し、抜き放ったガンブレードを振るって粉塵を吹き飛ばした。
「っ……!?」
だが、一気に斬り込もうとするレオンの体を背を刺すような拒絶感が襲い、結果その身体は一歩前へ進み出ただけに留まる。
迸る剣風で拓かれた視界の中心。ちょうど、レオンと相対する位置にそれは佇んでいた。
「ホッホッホッ……惜しい」
「クッ……!!」
見た目はただの好々爺。子供のように小さく萎びた体躯にローブを纏い、顔には柔和な笑みを張り付けている。
だが、その身から放つ圧倒的な魔力と冷たい光を宿した目が、眼前に立つこの小さな年寄りが、紛れも無い強者であることを体現していた。
「あと一歩……あと一歩進んでくれるだけで良かったのじゃがな……」
「……どういう意味だ?」
まるで、世間話でもするかのように、シモンズは朗らかにレオンへと語り掛ける。
時間を稼がれるのは愚策……。そうは分かっていながらも、隙を見出せないレオンはその言葉に応じるしかなかった。
「こういう意味じゃよ」
「っ――!!」
直後。シモンズが僅かに指を動かすと、筋骨隆々の腕が二本、突き出すようにレオンの目の前の地面から生えてきたのだ。
シモンズの言う通り、あと一歩前に進んでいたらレオンはこの、地中から出る腕に捕まっていただろう。
「フン……随分と余裕だな」
「まぁのぉ……。ワシ等にも事情があってな。お主達のような青二才に本気を出したとあっては、軍団の沽券に関わるのじゃ」
「――ッ!! 舐……めるなァッ!!!」
瞬間。レオンは怒りの咆哮を上げると、地面から突き出た腕を足場にして跳び上がり、シモンズへ向けて猛然と突撃する。
事実。この爺は強い。それも、今まで相対してきた連中よりを遥かに凌ぐ力を持っている。成績優秀が故に特務へと抜擢された彼等の中でも、特に秀でた戦闘力を持つレオンしか相対せない程に。
だが、だからこそ。レオンに退くという選択肢は無かった。
その背に護る仲間達の為に。特務部隊という新たな環境を守るために。
全霊の力を込めて、レオンは両手で大きく振りかぶったガンブレードのトリガーを引いた。
「ホホッ!?」
「全弾発射・収束形態ッッッ!!!」
その瞬間。レオンの掲げたガンブレードに光が収束し、まるで巨大な光の刃が天を衝いているかの如く変化する。
そして、レオンはその白熱した刃を迷いなくシモンズへと振り下ろした。
出し惜しみなどしない。この一撃はレオンの全力全開の一撃だった。
全弾発射の威力を巨大な刃としてガンブレードの刀身へと纏わせ、その凄まじい破壊エネルギーを剣として相手へ叩き込む絶技。
それが、収束形態の正体だった。
だが、この技は凄まじい威力を持つ反面、様々な制約が付きまとう。
魔力を破壊エネルギーへと変換して打ち出す通常の全弾発射に比べ、刀身に纏わせて維持する分、消費する魔力が桁違いなのだ。同時に、エネルギーを収束させた刀身を休ませるために連射もできない。
勿論。弾丸を全て使い果たすこの技を放った後は、リロードを挟まなければならず、術を放った後の隙も大きい。
故に。この新型装備は強大な魔力を持つレオン達にしか配備されていないのだ。
「グクッ……」
光の刃を振り下ろす刹那。レオンは今までとは比較にならない程の虚脱感に歯を食いしばっていた。
まさに大技。ゲームの世界であれば、この感覚こそがMPを全て持っていかれるというものなのだろう。
だが、これで決まる……!!
後先を考えない大技だからこそ、このシモンズという男が俺達を舐めてかかっている今こそ、絶好の討ち取る機会だッ……!!
そう確信し。レオン地面ごとシモンズを切り裂く気概で刃を振り抜く。
轟音と共に土煙が舞い上がり、再びシモンズの小さな体がその中へのまれて消えた。
「っ……!! ハァッ……! ハァッ……!!」
「レオンッ!!」
技を完遂させると、レオンは強制的に薬莢を排出し、冷却モードへと移行したガンブレードを携えながら、大きく飛び下がる形で地面へと着地した。
そこへ仲間達がすかさず駆け寄ると、消耗したレオンを守るように取り囲み、揃って立ち上った土煙を睨み付ける。
「やっ――」
「――馬鹿ッ! 今だけはそういうのは要らねぇんだよ!」
「……ッ!! ゼェッ……カハァ~~ッ……」
シャルロッテが紡ぎかけた言葉を、即座にファルトが食い取って黙らせる。
だが、そんな彼等の言葉にも反応できない程、肩で息をするレオンの消耗は激しかった。視界が揺らぎ、気を抜けば今にも倒れ伏しそうな程意識が混濁している。
だからこそ。自らの全力全霊を懸けた一撃だからこそ、シモンズを屠った手ごたえがレオンにはあった。
――しかし。
「ヒョホホホッ!! やはり良いッ! まさに稀有ッ! 若き才覚とはまさにこの事じゃ!」
「――っ!!」
身を凍り付かせるほどの絶望の声が、土煙の中から響き渡る。
「レオンッ!! ぐぅっ――!?」
「うわっ!!」
「きゃっ……!!」
その直後。叩き付けるような風圧がレオン達に襲い掛かった。そして、レオンを庇うために前に出たファルトは真正面からその風圧を受けると、耐え切れずにレオンの元へと吹き飛ばされる。
「ウソ……だ……ろ……」
ファルトの呟きは、まさに特務の面々の胸中を正確に表していた。
自分たちの中でも最強の戦力であるレオンの必殺技。油断した状態でそれを食らったというのに、敵はいまだ健在。それどころか、頼みの綱のレオンは消耗しきっている。
まさに、彼等がおかれた状況は絶望のどん底だった。
「ホッホッホッ!! じゃが、幾ら強力な技とて所詮は人間の小技! このワシの……ヒョ――?」
だが、響き続けていたヒョードルの高笑いが突如として途切れ、土埃の晴れたその先で、わなわなと唇を震わせていた。
そこにあったのは、真っ二つに切り裂かれた二本の剛腕。それと、深々と地面に刻まれたクレバスのようなレオンの斬撃痕だった。
斬撃痕はそれを受け止めた剛腕に僅かに逸らされたかのように軌道を変え、青ざめた表情のシモンズのすぐ脇を両断していた。
「っ……。フッ……どうした? まだ……やるか……?」
ゆらり。と。
レオンは疲弊した体で無理矢理立ち上がると、不敵な笑みを浮かべてシモンズを睨みつけた。
勿論。レオンにはもう戦う余裕など無い。今切り捨てたのはただの死体。だが、シモンズをここで退かせねば、自分たちは全滅する……。これは、そう直感したレオンの、限界を超えた賭けだった。
「ヒョホッ……ホホホホッ……!! な……名前をっ……!! 聞いておこうかのぅ……?」
「レオン・ヴァイオット」
頬を引きつらせながらそう問いかけたシモンズに、レオンは間髪入れずに自らの名を答えた。気取られる隙を与えてはいけない。何故なら、レオンの目は引き攣った笑いを浮かべるシモンズの額に、うっすらと青筋が立っているのを捕らえていたからだ。
「レオン……レオンッ!! その名、しかと覚えたぞッッ!! 貴様は……貴様だけは……ッ!! このワシの最高傑作を壊した貴様だけは、ワシが殺して屍人形にしてやるわッッ!!」
だが、シモンズはその場でヒステリックな叫び上げた後、血走った眼でレオンに一方的な宣言を叩き付けて虚空へと消え去った。
「…………。行った……か……」
「レオンッッ!!」
しかし、同時に。
気力のみで意識を保っていたレオンは、ドサリと音を立てて地面へ崩れ落ちたのだった。




