329話 獅子奮迅
対魔王軍エルトニア側最前線。
そこには、レオン達の想像を遥かに超える地獄が広がっていた。
「――チィッ!! 全弾発射ッ!!」
猛烈な勢いで戦線を押し上げるエルトニア軍。その先頭で、レオンは苛立ちを吐き捨てるかのように舌打ちをすると、自身の魔力を込めてガンブレ―のトリガーを引き絞る。
瞬間。ガンブレ―ド全体が薄く輝きを放った後、その前方に向けて凄まじい爆発が指向性を持って放たれた。
「クゥッ……リロードッ!! カバー任せる!」
「応よッ!!」
ジャギィンッ! と。
レオンは微かに煙る薬莢をガンブレードから排出し、懐から取り出した新たな弾丸を手早く本体へと込める。同時に、その隙を埋める役目を担うファルトが前進し、新たに殺到する敵を切り飛ばした。
刹那。切り飛ばされた敵兵の影から、その残骸ごと切り裂くように、新たな兵がファルトへ遅いかかる。
「ファルト! まだ来るッ!」
「ッ――! 助かった! クソッ……キリがねぇぜ……」
だが、その攻撃はミコトの銃撃によって撃ち落され、切り離された腕が宙を舞ってボトリとシャルロッテの至近の地面に落ちる。
「ひぃっ!? も~やだやだっ!! こんなのゾンビでも映画無いわよッ!!」
その、生々しい『死』を目の当たりにしたシャルロッテが、狂ったかのように叫びをあげた。
その言葉通り、レオン達が相手にしているのは無数の動く屍達だった。中には、エルトニアの軍服らしきものを纏っている個体も居り、連中は攻められながらも着実に兵力を増している事がわかる。
「死体に構うなッ! 頭を叩けッッ!!」
「――っ!? レオン!? 無茶だ!!」
だが、レオンはそう叫びをあげると、単騎で運かの如く迫る死体兵士の群れへと突撃した。
即座にミコトが制止の声を上げるが時は既に遅く、レオンの姿は一瞬で殺到した死体兵士の中へと飲み込まれていく。
……だが。
「邪魔だッッ!!」
短い気合の叫びと共に群れが弾け飛び、その中心で薄い膜のような光に包まれたレオンが、唯一人背を向けて逃げようとしている敵兵にガンブレードの切先を向けていた。
「終わりだ。フリーズバレット」
静かに呟かれたレオンの言葉と共にガンブレードが轟音を上げ、逃げる兵士の背中に巨大な氷の槍が突き刺さった。
「――レオン! まだ周りの奴等がッ!!」
直後。シャルロッテが警告の声を上げる。
死体兵士の群れに突っ込んだレオンが使ったのは、ただ防壁を作り出すだけの簡単な防御魔法だ。故に、吹き飛ばされた死体兵士たちには大したダメージが入っていない筈だった。
なのに。
「えっ……?」
レオン達に襲い掛かっていた死体兵士たちはその動きを止め、まるで糸が切れた操り人形のようにドサドサとその場に崩れ落ちていく。その中心で、悠然とリロードをするレオンの姿はまるで、一撃で全ての死体兵士を屠ったかのような雰囲気を纏っていた。
「簡単な話だ。死体に意思は無い。ならばその後ろ……死体を操っている術師を直接叩けばいい」
ジャギンッ!
と。言い終わるや否や、レオンはリロードの完了したガンブレードを鞘へ戻すと、シャルロッテ達にその背を向けて足早に歩き始めた。
「ちょ――待てよレオン! どこ行くんだっ?」
その背を、慌てて駆け寄ったファルトが呼び止める。
確かに、自分たちの周囲の敵は今の一撃で片が付いた。だが、少し離れたところでは、いまだにエルトニアの軍勢が死体兵士たちと一進一退の死闘を繰り広げていた。
「……決まっている。俺達の任務は戦線の圧し上げだ。もっと前へ……。敵指揮官の首でも手土産に持って帰るぞ」
「な……ぁっ……?」
レオンはファルトの言葉に足を止めると、不敵な笑みを浮かべて肩越しに振り返って告げた。
それは明らかに、今までのレオンの言動とは異なっており、静かながらも好戦的なその笑顔は、ファルト達の背に戦慄を走らせた。
「新設部隊である特務に必要なのは実績だ。ここは一つ、こんな死地へと駆り出してくれた連中の鼻を明かしてやるッ!」
「へっ……上等ォ……。いっちょ、やってやるか!!」
レオンの言葉に、闘志を刺激されたファルトが凶暴な笑みを浮かべてその肩を並べ、呼吸を合わせたかのように同時に駆け出した。その姿はまさに戦場の両雄。彼等の背を見つめるミコトとシャルロッテの胸に、高鳴りにも似た安心感が舞い込んでくる。
「ねぇ! これなら本当にッ!」
「――っ! うん……! レオン達ならきっと大丈夫……!」
駆けだした二人を追いながら、ミコトとシャルロッテが言葉を交わし、頷き合う。
敵の弱点が判明し、レオン達にはそれを突く実力がある。これならば……。
二人の胸に、輝かんばかりの希望の光が差し込んだ時だった。
「――っ!? エンゲージッッ!!」
前方を駆けるレオンの接敵を報せる声が響いたと同時に、その姿が巻き起こった土煙に包まれる。ミコトは即座に抜刀するが、喋る間も無く土煙は後衛の二人も包み込み、その視界を塗り潰した。
そして……。
「フォッフォッフォッ……。強いが……青い……。その蛮勇に免じて、この魔王軍第十一軍団長・シモンズが相手をしてやろう」
まるで、深海を思わせるほどに黒くて重厚な、凄まじい魔力を帯びた一つのしゃがれた声が、戦場に響き渡ったのだった。




