322話 南の地にて
ファントより遥か南方。魔王領とエルトニアの国境付近。そこは、荒涼とした大地に覆われた、灼熱の大地だった。
流れる川は谷底深くに沈み、じりじりとした太陽に照り付けられた大地は、炎のような熱を孕んでいる。
そんな不毛の地を、一組の黒い人影が疾駆していた。
「……こちらホーラマルイチ。コントロール。地点に到達」
凄まじい速度で荒野を駆けながら、一団の先頭を駆ける少年が耳に装着した通信機を通じて交信を行っていた。だが、その駆け足が緩む事は無く、一糸乱れぬその体制は高い練度を醸し出していた。
「……任務了解」
少年は、そのまま二言三言言葉を交わした後、感情を伺わせない声で通信機へ呟くと、自らの後ろを駆ける部隊に指示を出して足を止めた。
彼の配下と思われる者達は三人。全員が紺色の軍服に身を包み、その腰には巨大な銃と剣を合体させたような、奇妙な武器が揃って提げられている。
「任務の更新だ。ここから北方約1キロ。そこで魔族の目撃情報があったらしい。それの調査任務だ」
小隊長と思われる黒髪の少年は、淡々と通信内容を部下へと告げると、懐から水筒を取り出して口をつけた。見たところ、十七・八才くらいだろうか。分隊長を務めるには少々若い年頃ではあったが、彼が連れる部下達も年頃が変わらないせいか、大した違和感は出ていなかった。
「北に1キロだぁ……? 立派な越境偵察じゃねぇか! ンなもん、卒業試験の内容じゃねぇだろ! レオン! なんで抗議しなかったんだ!?」
その言葉に立腹したのか、レオンと呼ばれた小隊長のすぐ後ろを駆けていた赤髪の少年が、怒りの声をあげる。この二人の少年を言い表すのならばまさに静と動。
文句をあげたその少年は、ツンツンと逆立った短髪にバンダナを巻き、いかにも破天荒な気概を体現していた。
「まぁ……仕方ないんじゃない? 僕たちはタダの卒業生って訳でもないんだから……期待されてると思おうよ」
「そうそうっ! ミコトの言う通りだよっ! ファルトは昔っから短期なんだからぁ~……その性格、損だゾ?」
さらにその後ろから、今にもレオンにつかみかかりそうな形相で詰め寄る少年を止めるように、二つの声が響いてくる。
一つは、未だ変声を迎えていないのかと思うほどに高い少年の声。その持ち主もまた声同様に美麗な容姿で、くすんだブロンドの髪と低い背丈も相まって、一目見ただけでは女性と見紛う程であった。
もう一つは、鼻にかかった高い少女の声。三人の少年と異なり、彼女の軍服は極端に短いスカートとなっており、暗色でまとめられた軍服が、少女の持つウェーブがかった淡い桃色髪を更に映えさせている。
「まぁ……ミコトの言う事は尤もだがよ……一つだけ言わせて貰うぞ」
「ハァ……」
ファルトと呼ばれた少年はレオンから矛先を変え、声をかけた二人の方へ向き直る。そして、その形の良い眉を吊り上げると、少女の鼻先に指を突き付けて声を荒げた。その傍らでは、ファルトの目標から外れたレオンが、冷めた目で彼等を眺めながら小さくため息を吐いている。
「シャルロッテ!! 可愛い子ぶって気持ちの悪い口調してんじゃねぇよこのオトコオンナがッ!! 正体知ってるこっちとしちゃ、イチイチ寒気がすンだよ!!」
「あ~っ!! ひっど~いっ!! こんなに可愛い子捕まえといて、普通そんな事言う?」
その言葉に応じるように、シャルロッテと呼ばれた少女は不満気に叫びをあげると、自らの横で柔らかに微笑んでいたミコトへ視線を向けて言葉を続ける。
「これでも、正真正銘女のコなんだからサ……。も少し優しくしてくれともイイと思わない?」
「無理すんなミコト。この際だ、ハッキリ言ってやれ。キモチ悪ィってな!」
「あはは……。いや……気持ち悪いなんてことは……。うんまぁ……。一応、シャルロッテは確かに女の子だし……」
完全に巻き込まれた形となったミコトは、その優しい顔に盛大な苦笑いを浮かべると、どちらともつかないあいまいな答えを述べてお茶を濁した。
この四人の間では、もはやこの光景は日常茶飯事。お茶目なシャルロッテにからかわれたファルトが気炎を燃やし、ミコトやレオンが巻き込まれる。
ミコトは、喧々囂々と舌戦を開始した二人を温かく見守りながら、たとえ世界が変わったとしても、彼等は変わらないなぁ……。なんてぼんやりとした気分に浸り始めた。
その刹那。ピクリ。と。ミコトは視界の隅で、休息を取っていたレオンの眉が跳ね、僅かに体制を落としたのを捕らえる。同時に、自らも臨戦態勢を取ろうと、腰の剣に手を添えかける。
――だが。
「も~~っっ!!! そんなにヒドいこと言うなら、今夜はファルトの相手してあげないからねっ!?」
「バッ――だ・れ・が・ッ……!!! ふざけんなッ!! 口から出まかせで俺を中身が男だと知ってて相手するような変態に仕立て上げるんじゃねぇッッ!!!」
「んん~……? またまたぁ~~……名残惜しいの?」
「っ~~~!!! コイツッッ……!!」
ヒートアップしたファルトとシャルロッテが、勢いあまってミコトを突き飛ばし、その拍子によろめいたミコトの手が、剣の柄ではなくシャルロッテの上着を掴む。
結果。ファルトとじゃれあっていたシャルロッテの上着のボタンがはじけ飛び、飛び散ったボタンがファルトの鼻っ面へと銃弾のように突き刺さった。
「きゃぁっ!! ミコト……? この場合は、ファルトに痛い目を見せたことにナイスッ! って言えばいいの? それとも、無理矢理ひん剥かれた乙女としては怒るべき……?」
「ミコト! ……テメェッ!!」
「いや……そんな事より――」
直後。シャルロッテは大きくはだけた上着を眺めて可愛らしく首を傾げると、ゆっくりとミコトの方を振り返って見せる。その後ろでは、片手で鼻を押さえたファルトが、怒りの咆哮と共に気炎をあげていた。
……確かに、その容姿や仕草は非常に可愛らしいし、シャルロッテの言葉ですら愚直に信じるファルトの素直さは長所だ。だが一刻も早く先程のレオンの動きを伝えたいミコトとしては、今のこの二人の緊張感の無さは、非常に煩わしかった。
だがその苛立ちすらも、直後に放たれた銃声がすべて吹き飛ばしていった。
「なっ――」
「ちょっ――」
「っ……!!」
その弾丸は微かな紫電を大気中に残して三人の横を掠め、その少し後方の地面を大きく抉り取っていた。
同時に、絶句する三人の視線の先では、腰のガンブレードを抜き放ったレオンが、その切っ先をミコト達へ向けて立っていた。
そして、ただ一言。レオンは剃刀のように鋭い視線を三人へ投げかけると、剣を構えながら告げたのだった。
「敵だ。構えろ」




