幕間 昨日の敵は今日の友
幕間では、物語の都合上やむなくカットしたシーンや、筆者が書いてみたかった場面などを徒然なるままに書いていきます。なので、凄く短かったりします。
主に本編の裏側で起っていた事や、テミスの居ない所でのお話が中心になるかと思います。
「敵軍は強固だぞッッ!! 援軍はまだかァッ!!!」
「救う暇など与えるものか!」
ガギィンッ! ゴィンッ! と。
爆音にまぎれた戦場の狭間で、激しい剣戟が繰り広げられていた。
片方は、太刀を構えて猛攻を繰り出すマグヌス。それに対するのは、白銀の甲冑に身を固めた未だ幼さの残る騎士、ミュルクだった。
剣閃は確実に互いの急所に向けて放たれるが、二人とも己が武器を巧みに操り、攻防入り混じった激戦を繰り広げていた。
「クゥッ……できるっ!!」
「フゥゥ……面白い……」
バチンッ! と。二人は互いに飛び込みつつ放った一撃に弾かれ、その一撃で大きく距離が開いた。
その後の挙動も、二人の動きは表裏一体。
まるで戦を愉しむかのように獰猛な笑みを浮かべたマグヌスに対し、ミュルクは歯を食いしばって固く構えを取った。
その戦いの苛烈さは、誰もこの戦いが欺瞞戦闘であるなどと思いもよらない程だった。
「……お前。今……本気で斬るつもりだっただろ」
「貴様こそ……私があの攻撃を以て応じなければ、この首を落とす気迫が籠っていたぞ……」
若干開いた距離を生かして、二人は不敵に微笑みながら言葉を交わす。
周囲は相も変わらず、十三軍団の魔導部隊が放つ魔法が雨のように降り注ぎ、戦場に騒がしさと華やかさを添えていた。
「やれやれ……加減って物を知らないのか? これでは街道を復旧させるのも手間だ」
ミュルクは、知らずに籠っていた力を緩めると、固くなっていた構えを直しながらマグヌスへ問いかける。これほど様々な属性の魔法が降り注げば、街道に与えるダメージは計り知れないだろう。この欺瞞戦闘では他勢力の介入を避けるため、派手さを演出する必要があるとはいえ、明らかにこれはやり過ぎだ。
「フッ……よく見ろ。よりにもよって、十三軍団の連中が一般人の害になる事をするとでも……?」
それに答えて、マグヌスは熱の籠った笑みを柔和に崩し、ちょうど爆発術式が着弾した地面を顎で示す。それを視線で追ったミュルクの視線の先では、別の術式の余波で吹き飛ばされた粉塵の向こうから、傷一つついていない街道が悠然と姿を現した。
「っ……!! 何てコントロールだ……」
それを一目見たミュルクは、魔術を放った術者の技量に思わず嘆息する。
一見、無作為に地面へと放たれているように見えるこの大量の攻撃魔法は、全てその破壊力が地上へと到達する前に、空中で炸裂しているのだ。
それによくよく見れば、人魔が入り乱れ、混戦の相を呈し始めたこの戦場で、放たれる攻撃魔法は巧みにその全てを避けており、紛れも無い攻性術式でありながら、戦場の派手さを演出する装置の機能を十全に果たしていた。
――だが。
「アッハハハハハッ!! 楽しい! 久々に楽しいわッ!!」
突如響いた狂笑と共に、無傷だった地面へ一閃の紅の筋が迸った。
直後。迸った筋に沿って地面は深々と切り裂かれ、その一閃が槍によって放たれた鋭い一撃であったことをミュルクは直感する。
「っ――!?」
刹那。
予想外の敵の襲撃を予測したミュルクは身を翻して剣を構える。この、ファント戦線は言わば情勢の火薬庫。この戦線を制すれば、その者はこの戦線を制した功績を以て、軍部での絶大な権力を得る事になる。
ならば、欲に狂ったドブネズミの一匹や二匹が、紛れ込んでいても不思議ではない。
「クゥゥッ……!! いい加減にしないかッ!!」
「キャハッ。良いじゃない。こうして派手ぇ~にヤり合ってた方が、邪魔も入らないわよ?」
「そうでは無く……爾後の策という物をだな!」
「知~ら……ないッ!」
だが、注意を向けた先から聞こえてきたのは、ミュルクの良く知る者達の、不穏に過ぎる会話だった。
ミュルクの視線の先では、子供のように楽し気な狂笑と共に繰り出されるサキュドの紅槍を、厳しく眉根を寄せたカルヴァスの剣が、激しい火花を散らしながらその矛先を弾き逸らしていた。
「……マグヌス」
「……何だ?」
その光景を眺めながら、ミュルクは頬を引きつらせて自らの目の前で太刀を構えるマグヌスへ語り掛ける。そして、応じたマグヌスへと続けられた言葉は紛れもなくミュルクの本心であり、同時にカルヴァスへの同情が山のように詰め込まれていた。
「俺の担当が……相方がアンタで本当に良かったよ……」
その言葉に、深すぎる苦笑いを浮かべたマグヌスは、チラリと隣で繰り広げられる正真正銘の激戦へその視線を向けてただ一言だけ答えを返す。
「……我が同胞が、苦労を掛ける」
「いや……」
しかし、ミュルクはその言葉にかぶりを振ると、視線をマグヌスへと戻してニンマリとした笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「カルヴァス副隊長も楽しそうだし……良いんじゃないか?」
その言葉通り、丁度マグヌスが再び視線を移した時には、サキュドの猛攻を受けながらもカルヴァスの唇は不敵に歪められ、その表情を見たサキュドが頬を紅潮させて更なる攻撃を繰り出していく所だった。
「クハッ……! ならば、我等も存分に愉しむとしよう!」
「応ッ!!!」
その姿にマグヌスは吹き出すように苦笑すると、再び構えを取ってミュルクへ向き直り高らかに宣言する。
ミュルクがそれに応じて構えを取ると、二倍になった剣戟の音色が戦場に響き渡るのであった。




