30話 真実語る衣
「なんだ……そんな事か……」
何故か異様に重苦しい雰囲気の執務室に、テミスの声だけが響き渡る。
「気にするな。しかし、式典か……。慣例ではあれど、私の面通しも兼ねている以上、欠席する……という訳にもいかんのだろうな……」
「……はい」
そして、目の前には何故か凄まじい悲壮感を纏ったマグヌスがひざまづいていた。
「まぁ……何と言うか、アレだ」
言葉を濁して時間を稼ぎながら、頭の中でいい訳を探す。マグヌス達にはまだ、私が異世界人である事を伝えていない。同時に、この秘密を魔王軍の関係者に明かすべきでは無いと考えていた。
「アレ……と言いますと……」
平伏したまま、マグヌスが重苦しい声で問いかけてくる。
――非常にマズい……どうする? アクトンの一件もある事だし、いっその事旅人であった事を理由に無知を装うか?
表情こそ涼しいもので取り繕居ってはいたが、テミスは内心、焦りに焦っていた。
考えれば考えるほど、話に粗や矛盾点が見つかり、気持ちの悪い冷や汗が背筋を伝う。
「テミス様。もし……よろしければなのですが、私とサキュドと共にいくつか軍装をお作りになりませんか?」
「そっ! そうだな! それが良いだろう」
「……テミス様?」
思わず、渡りに船と言わんばかりに声を上げたが、酷く上ずった声が出た。その為か、マグヌスが不審気に首をかしげて顔を上げている。
「ゴ……ゴホンッ! あ~……なんだ。ど、どうやら? 私には縁が無かったからか、その手の知識が乏しいようだしな。知恵を借りるとしよう」
「はっ。承知いたしました。では、早速手配いたします」
そう言い残すと、マグヌスは逃げるように執務室から退出していった。
「……やはり、非常識だったか…………」
一人執務室に残されたテミスは、服の胸元を摘まみながら、ぽつりと一言呟いたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「では、こちらで」
「…………ああ。もうそれでいいさ」
同日。日の暮れかけた執務室で、疲れ切った顔のテミスが椅子に崩れ落ちた。
「もう。テミスったら……こんな大事な事をほっとくなんて!」
何故か目の前には、腰に手を当てて呆れているアリーシャの姿がある。
「……やれやれ。マグヌスの奴……マーサさんに怒鳴られてないと良いが……」
テミスは夕陽を浴びて輝くファントの町を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「あははっ、でもびっくりしたよ。急にマグヌスさんが来てさ。アリーシャ殿、すまないが手を貸してはくれないだろうか。ってね」
アリーシャが顔を強張らせ、マグヌスを真似るといつもの笑顔に戻る。
「ま。奴なりに気を使ったんでしょうよ。軍団長様も年頃の女の子な訳だし」
「………………なら、相応のデザインの物を勧めて欲しかったがな」
仮置きされた自分の執務机に腰掛けたサキュドを眺めながら、テミスは深いため息を吐く。
慣れなければと意識してはいるのだが、どうも『女の子』と言われるとむず痒いものがある。
あの後。マグヌスが出て行って暫くすると、町の仕立て屋を連れたアリーシャがサキュドと共にこの部屋に入ってきたのだ。
曰く、私の新たな服を仕立てるためにマグヌスが手配したらしいが、その人選が大いに問題だった。
サキュドは露出の多い際どいものばかりしか提案しないし、アリーシャはアリーシャでフリルだらけだったり、テディベアでも抱えてそうなゴスロリチックな物だったりと、ともかくすさまじい量の試着と採寸を繰り返したのだ。
「結局無難な感じにしちゃうし……つまんないの」
執務机からぴょこんと飛び降りると、頬を膨らませたままサキュドが廊下へと姿を消した。一度もこちらを振り返らなかった辺り、かなり不機嫌なのは間違いないだろう。
「フム……」
「……? どしたの?」
「……いやな」
テミスはアリーシャの顔を眺めた後、小さく息を吐いた。
よくよく考えてみれば、過激な案こそ出していたとはいえ、アリーシャの少女趣味な可愛らしい服装を却下してくれたのはサキュドなのだ。あまり無碍にするのも可哀そうだろうか?
「……難しいものだな」
「ふふっ……でもテミス、楽しそうだよ?」
「そう見えるか?」
窓から差し込む夕陽の中で、テミスはフッと柔らかな笑みを浮かべた。前世の世界では現場人間だった自分は結局、最後まで部下など持つことが無かったが、上司の立場と言うのも思っていたほど楽ではなかった。否。その厳しさから目を背けていただけとも言えるだろう。
「さて……と、そろそろ行こうか。マグヌスの奴、今頃慌てふためいてるかもしれん」
「あははっ! そうだね。それはそれで面白そうだけど」
「クククッ……あんなでも奴は十三軍団の副官だぞ?」
「それを言うなら、テミスは軍団長さんでしょ? 制服、完成したら見せてね?」
「……ああ。必ず」
高級木材で設えられた執務室の扉が、音も無く静かに閉じられる。
数分後。温かな夕暮れの町へと長い影を遊ばせながら、少女たちは楽し気な談笑と共に帰路についたのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




