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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第8章

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321話 旅立ちの蒼空

 一週間後。

 事前にフリーディアと示し合わせた手はず通り、テミスは徐々にイゼルへ向けた斥候を放つ数を減らし、元の小康状態へと戦を納めていた。

 人間側(・・・)も今は攻めっ気が薄いのか必要以上の兵は出さず、白翼騎士団や一部兵士が偵察に来る程度に留まっていた。

 そんな折。フリーディアがファントを訪れたのは、アルスリード達の見送りの為だった。


「……行くのか」

「はい。大変お世話になりました」


 見送りに立ったテミスがゆっくりと口を開くと、新品の外套に身を包んだアルスリードが深々と頭を下げる。その腰には、外套と同じくテミスの用意した真新しい剣が、どこか誇らし気に提げられている。


「本当に……そちら側へ(・・・・・)? 大丈夫なの?」


 テミスの隣に立ったフリーディアが、心配気にアルスリードへと声をかける。

 その理由はただ一つ。今回、テミス達が見送りに来ている門は、いつも彼女たちが利用している門とは逆側の門。つまり、魔王領の奥へと続く方角なのだ。


「えぇ。皆さんも知っての通り、僕はまだまだ未熟です。だから、人間領を旅したとしても、オヴィム……師匠を上手く誘導できるかわかりません」

「っ……! でも――!」

「――ククッ。いいじゃないかフリーディア。無知という割によく調べているとも。魔王領は確かに、奥深くへ行けば行くほど人間には厳しい場所だろう」

「テミス! なら何故止めないのっ!?」


 フリーディアの言葉を遮って、テミスが皮肉気な笑みでそう告げると、矛先を変えたフリーディアが怒りの気炎を上げ始める。

 これは、彼女なりの親心……否。姉心(・・)と云う物だろう。フリーディアは何かとアルスリードの事を気にかけていたようだし、彼女の力を以てすれば、人間領内であればその動向もある程度調べられるだろう。危機が迫れば、その手で彼を庇護する事だってできる。

 ――だが。


「忘れたのか? フリーディア。魔王領にはこうして(・・・・)人間が平和を謳歌する町がある。だが、人間領に魔族が平和を享受する町が在るのか? 私はついぞ、聞いたことが無いがな?」

「っ……! それ……は……」


 意地の悪い笑みを浮かべて告げたテミスの言葉に、フリーディアは二の句を告げる事ができずに口ごもった。

 要は国是の問題だ。魔王領を治める魔王ギルティアは、人魔共存を謳っている。故に、個人的に人間を嫌う者や恨む者は数多くいるが、人間という種族が巨大な力によって存在を迫害されている訳ではない。

 だが、人間領はそうではない。

 魔族の軍である魔王軍と戦う彼等は、魔族という種族自体を悪の象徴として槍玉に挙げている。故に、国境の隣接した前線の町であっても、ラズールやテプローのような例外を除いて、魔族は悉くその存在を否定されているのだ。


「オヴィム。一応釘を刺しておくが、この町同様、魔王領の様相も様変わりしているはずだ。特に、ヴァルミンツヘイムなどの前線から離れた町は、人間領での魔族同様、お前の主人の身に危険が及ぶやもしれん」

「ウム……アルス様も剣の基礎を覚えられたばかりだ。成長がお早いとはいえ、未だ実戦を経験するには時期尚早と云う物。暫くは稽古をつけて差し上げながら、前線近くの町を巡るつもりだ。……。ときに……」


 オヴィムは、フリーディアに向けていた意地の悪い笑みを引っ込め、一転して真剣な顔で忠告したテミスの言葉に頷くと、チラリとその袖口から覗く、包帯の巻かれた手首へ視線を向けてニンマリと破顔した。

 そして、意味深な間を置いた後に、満足気に一言だけ付け加える。


「……苦心しておるようだな?」

「フン……まぁまぁだ」

「……?」


 そのやり取りに、傍らのフリーディアとアルスリードは、怪訝な表情を浮かべて揃って首を傾げた。

 オヴィムに稽古をつけて貰った後、テミスは一度たりともその教えを受ける事は無かった。

 しかし、テミスはこの一週間の間。凄まじい速さで執務を片付けると、オヴィムがアルスリードに稽古を付ける様子をただひたすらに眺めていたのだ。そして夜も更けた頃、テミスは一人宿を抜け出すと、ひたすら腕を磨くべく稽古に励んでいた。


「さて……アルス様。大変名残惜しいですが、そろそろ出立せねば、ラズールへの到着が遅れてしまいますぞ」

「っ……。そう……ですね……。テミスさん。フリーディア様……」


 場に漂い始めた微妙な雰囲気を断ち切るように、オヴィムがパチンと手を叩いてアルスリードへ告げる。すると、アルスリードはコクリと頷いて再び見送りに来たテミス達の方へと体を向ける。そして深々と頭を下げ、涙の混じる声で言葉を紡いだ。


「この度は、本当にありがとうございました……。この大恩、ディオンが誇りに懸けて、いつか必ずお返しさせていただきます」

「そんな……恩だなんて――っ?」

「――あぁ。気長に待っているとしよう」


 テミスは、アルスリードの礼を固辞しかけたフリーディアの脇を小突いて黙らせると、柔らかな笑みを浮かべて大きく頷いた。

 これは、アルスリードにとっての意地であり一種の誓いなのだろう。故に、それに水を差す無粋は、姉だろうが親だろうがしてはならぬ事だ。アルスリードが自らの足で歩み始めた今、フリーディアにできるのはただその成長を見守り、受け入れる事だけなのだ。


「……それでは、これにて失礼致します。…………いってきます」

「では……御免」


 アルスリードはテミス達に笑顔を向け、儀礼的な挨拶を告げた後。その身を翻しながら、掠れるような小さな声で出立の言葉を紡いだ。テミスの耳はその言葉を漏らさずに捉えており、その心中を言葉にできない温かな想いが満たしていく。


「…………行ってこい。達者でな」

「気を……付けるのよ!!」


 テミスとフリーディアはそれぞれ、小さくなっていくアルスリード達の背中へ別れの言葉を告げ、彼等が見えなくなるまで門の前で見送り続けていた。

 その頭上には、前途ある若者が歩み出した旅路を祝福するかのように、澄み渡る蒼空が広がっていたのだった。

 本日の更新で第八章が完結となります。


 この後、数話の幕間を挟んだ後に第九章がスタートします。


 冒険者としてもその名を馳せたテミス。その刃は、過去に縛られていた武人と、運命にがんじがらめにされていた一人の少年を解放しました。

 救い、救われ、新たな絆を紡ぐ中で、テミスは何を得たのでしょうか……? 彼女の向かう先には、何が待っているのですかね? 私も気になります。


 続きまして、ブックマークをしていただいております245名の方、更に評価をしていただきました24名の方、ならびにセイギの味方の狂騒曲を読んでくださった皆様、いつも応援ありがとうございます。


 セイギの味方の狂騒曲は、7月16日で連載を開始してから一年となります。

 ここまで続けることができ、自分でも驚くと同時に、喜ばしくもあります。

 これも、皆様がいつもこの作品を読んでくれているお陰です。ここに改めて感謝を述べさせていただきます。ありがとうございます。


 また、一周年記念の企画も計画中ですので、是非そちらもお楽しみに!


 さて、オヴィム達を救った事で、テミスはまた新たな力を手に入れました。フリーディアとの友情(?)も順調。最早彼女の前に立ちはだかる問題は、全て解決したのやもしれません。 ……本当に? セイギの味方の狂騒曲第9章。是非ご期待ください!



2020/6/24 棗雪

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