319話 武人の恩返し
「恩に恩を重ね、心より感謝する。ついてはテミスよ……足しになるかはわからんが、少し付き合う気は無いか?」
事態が動いたのは、テミスが餞別を渡した少し後。
見送りに来るフリーディアを待つため、残りの逗留予定日数などの報告を受けた後だった。
「フム……? 面白い」
意味深な笑みを浮かべて問いかけたオヴィムに、テミスは即座にコクリと頷いて応えてみせる。
何をするつもりなのかは知らんが、オヴィムは手練れであると同時に前軍団長の側近だ。今付き合っておいて損な事は無いだろう。
「それで……? どこへ行くというのだ?」
「ウム……まずは武器庫……場所は変わってはおらんな?」
「……百年以上前の事を私が知るか」
部下たちを残して執務室を出た後、テミスは静かにオヴィムへと問いかけた。しかし、その問いかけにオヴィムは問いを以て返答を返す。何故、武器庫になど用があるのかは知らないし、この町や十三軍団に害が無ければ何をしようとも構わないが、その試すような口調にテミスは吐き捨てるように答えを告げた。
「フハハッ……! 然りっ! 確かに、お主が知る由も無いかッ!! いやすまないな。お主とこうして歩いていると、まるでバルド様と肩を並べているようでな!」
すると、オヴィムは豪胆な笑い声をあげ、今にも鼻歌を歌い出しそうなほどに上機嫌な雰囲気を醸し出した。
それをテミスは湿気の籠った横目で睨み付けると、首を傾げて問いかける。
「……? 私と歩いていてそう感じるという事は、バルド……前軍団長は女だったのか?」
「いや? お主とは似ても似つかぬ大男さ。巨躯ではあったが動きは雷鳴の如く俊敏……一度腰の大太刀を抜けば、天下無双の強さを誇った英傑よ!」
「ホゥ……? つまるところ、お前は私を大男のような女だと言いたいのだな?」
「お前さん……多少捻くれているのは可愛げがあって良いと思うが、さすがにその受け取り方はどうかと思うぞ?」
「……煩い」
だが、その返した皮肉でさえもオヴィムには通じず、逆にまるで祖父であるかのような忠告がテミスの心をささくれ立たせた。
「クハハッ! まあ良い! その反り返った反骨心こそ、お主がお主である所以なのだろうよ」
「フン……解ったかのような口を利く……」
「解っておるのだよ。伊達に永きを生きてきてはおらぬ。さて……すまないが刀……いや、剣を二本。お貸し願えるかの?」
テミスと軽口をたたき合いながら、二人は武具を保管している倉庫の前まで辿り着く。すると、オヴィムは早々に話を切り上げて、入り口で暇そうに武器を眺めている保管庫の管理人に声をかけた。
「はぁ……ならば記章と所属分隊を……って! テミス様っ……!?」
その声に反応し、管理人はオヴィムをチラリと一瞥すると、気だるげに脇に放り出されている書類を示してみせる。そしてその直後。チラリと視界の端に映ったのか、管理人は全身を電撃に襲われたかのように跳び上がると、裏返った声でテミスの名を呼んだ。
「ああ。私だ。随分と暇そうだな? ……記章は改めるか?」
「いっ……いえっ! テミス様でしたら、わざわざ書類をお書きいただかなくてもこちらで……」
「止せ。私の作った規則だ……私が守らんねば誰が守る。……お前、まさかとは思うが……マグヌス達を相手にも、そんな事を言っているのではないだろうな?」
「っ――!? まっ……まさか……。そんな事はっ……!!」
オヴィムの後ろから進み出て、テミスは自らの用意した書類へ手早く内容を書き込むと、皮肉気に微笑みながら管理人の方へそれを滑らせる。同時に、ふと疑問を覚えた点を突いてみると、指定の武器を取りに走った管理人の肩が、またしてもビクリと震えた。
「ハァ……やれやれだ。暇を持て余すお前に役目をくれてやる。今すぐに、武器庫の武器を全て改めて報告せよ。万が一、数が合わなかったとしても、それを隠匿したりした場合は……解っているな?」
「っ~~~!!! りょっ……了解しましたぁッ!!」
それを見止めたテミスは、へらりと笑みを浮かべながら武具を差し出す管理人へ即座に命令を発した後、ギラリと怒りの籠った視線と意識的にドスを効かせた声で釘を刺す。
すると、管理人はテミスに武器を手渡すや否や、震えあがって直立不動の敬礼姿勢を取った。
「クク……大変そうだな?」
「全くだ。組織という物は、円滑に回るように整えたつもりでも、少し目を離すとすぐに傷み始める。それで……稽古でも付けてくれるというのか?」
管理人に鼻を鳴らした一瞥を残してテミスがオヴィムの元へと戻ると、薄い笑みを浮かべたオヴィムが楽し気に語り掛けた。それにテミスは大仰にため息を吐くと、受け取った剣を一本オヴィムへ渡してその頬を僅かに吊り上げた。
「否。稽古では無い……。食客とはいえ、頂点に立つ軍団長が大っぴらに教えを乞うものではあるまい」
「ならば……」
「……お主は病み上がりだ。加減はするが、気を抜けば稽古以上の醜態を晒す事になるぞ……?」
「っ……!! 上等ッ!!」
バタバタとあわただしい音の鳴り始めた保管庫へ背を向け、テミスとオヴィムは意味深に言葉を交わし合う。
要は、手合わせの格好を借りた稽古という訳だ。それはテミスにとって、何よりも渇望した機会だった。そもそも稽古自体、テミスは自分からいかに申し入れたものかと、頭を捻っていた程だ。
故に、爛々と目を輝かせたテミスは、心から愉し気にそれを承諾したのだった。




