317話 嘶く剣
「オォッ!!」
「ハァッ!!」
ガギンッ! ゴインッ! と。
気合の咆哮と共に、刀と大剣がぶつかり合い、眩い火花を散らす。
しかし、その戦いに激しさは無かった。
テミスは鈍重に振るった大剣を力任せに叩き付け、オヴィムはそれを受けた後、しなやかな動きで受け流す。そんな、どこかゆったりとした戦いが繰り広げられている。
「そんなものか」
だが、オヴィムは刀を返す事をしない。ただひたすらにテミスの剣を受け続けて挑発する。
武人としての勝負を望んだとはいえ、体は満身創痍。他でもない儂が付けた傷だ、積み重ねた久遠にも思える経験が、テミスの体は限界をとうに超えていると叫びをあげていた。
「っ……!! ラァッッッ!!!」
だが、オヴィムの放った挑発に応えるかの如く、テミスは獣のように獰猛な眼光を宿し、大きく剣を振りかぶる。
中段後ろ。恐らく、彼女が最も得意とする型だ。しかし、その型では身体が先に敵の元へと到達し、敵の迎撃を先に受ける事になる。けれど、彼女は他を隔絶した反射速度でそれを躱すか受けるかをし、無理矢理に攻撃を完遂させている。
「ムゥッ!」
ヒュンッ! と。
オヴィムの予想通り、迎撃に繰り出した刀が空を切る。そして、外した刀をあざ笑うかのようなテミスの攻撃が、オヴィムの頭上から叩き込まれる。
テミスの剣は一見、激しく攻め立てる攻撃型の剣だ。前へ前へと道を切り開き、先陣を切って敵を薙倒す。その背中はこと戦争において、並々ならぬほどの勇気を兵士たちに与えるのだろう。
だがその実。テミスが扱っているのは守りの剣。後の先とも言える戦法だ。突撃したその身を白刃へと晒して攻撃を誘い、それに対応した後で必殺の一撃を叩きこむ。
一見合理的に見えるが、その戦法は根本が破綻している。
剣での戦いとは、全ての一撃が必殺を込めた刹那の一撃。それを打ち合うのならば兎も角、敵へ先に打たせるなど言語道断。ましてや、体勢を整え敵の攻撃を受ける為の姿勢をしている訳でもなく、太刀を受ける姿勢は突撃の構え。オヴィムに言わせてみれば、テミスの扱うソレは剣術ですらなく、ただ剣を振り回しているだけの拳闘家だった。
「ムンッ!!」
「ゴフッ……。ッ……!!」
鈍い音が響き、オヴィムは剣を躱して一歩前へと進み出て、テミスの腹に拳を叩きこむ。
故に。こうして剣戦を棄てれば、簡単に攻撃を加える事ができる。
武器すら重しとして棄て、己が身で戦う拳闘家に比べれば、大剣の動きなど幾ら迅かろうが取るに足らない。振りかぶり弧を描く一撃と、一直線に対象へ疾駆する一撃の速さが同等なはずがないのだ。
「っ……」
ぎしり。と。
オヴィムは静かに歯を食いしばって、距離を取ったテミスを注視した。
間違いなく、テミスは戦い方を知らない。だというのに、彼女はかつてバルド殿が務めていた軍団長の職に就いていると言う。
哀れで仕方がなかった。その椅子は、戦う術を知らぬ少女が運だけで座れるほどに甘いものではない事を、オヴィムはよく知っている。
だからこそ、彼女はその身に有り余る資質を以て全てをねじ伏せ、無理を通してこれまで戦ってきたのだろう。
永き時を生きたオヴィムでさえ、初めて見る程に類稀な武人としての資質。ただの原石であるそれをぶつけるかのように……。精一杯の工夫を凝らして、剣閃の狭間を駆け抜けてきた。
だからこそ、まず初めに守るべき己が身を投げ出すような、歪で哀しい戦い方となったのだろう。
彼女に師は居ない。だが、もう師と仰ぐ者を作れる立場に、彼女は居ない。
「テミスよ……これが、技と云う物だッ!!!」
「ッ――!!」
心中の慟哭を圧し殺し、宣言と共にオヴィムは己が打ち鍛えた剣技を以て、初めてテミスへ向けて切りかかる。
今のオヴィムには、剣の流派を名乗れるような技は無い。源流となった剣術はあれど、長い戦いの経る中で改良し、変化させ、磨き上げた。故に既に原型など留めてはなく、オヴィムの歴史そのものが詰まった刀となっていた。
技の名は双竜双牙。
上段から斬りかかる攻めの技で、虚実を織り交ぜた敵の守りを崩す為の技だ。その実体は、魔族であるオヴィムの膂力を以て放たれる超高速の二連撃。必殺の速度で放った初撃を相手に防がせ、打ち合いの衝撃を生かして引いた弐の太刀で敵を仕留める。
ただの人間にこの技は習得できない。まるで、弐撃同時に打ち込まれたと錯覚するような速度で打ち込めねば、この技はたちまち技とすら呼べぬただの連撃へと成り下がる。
だが、テミスだからこそ……。その資質のみで軍団長の座に収まった彼女だからこそ見せる価値がある。
そう確信して、オヴィムはテミスへと技を叩きこんだ。狙いはその首、勿論殺す気は無い。だが、刀に込められた気迫は、実戦さながらの物だった。
「チッ――!!」
第壱撃。
大剣を横に掲げてテミスはこれを防いで見せる。
火花と衝撃が打ち鳴らされ、止血の施されたテミスの肩からぶしりと血の飛沫が舞い上がった。
――そして。
「…………」
サクリ。と。
涼風が広場を駆け抜け、その音を広場全体へと響き渡らせる。
オヴィムの第弐撃は、確かに放たれていた。
振り切られた刀はテミスの首を通過し、美しい残心を残している。
しかし、切り下されたその先には、刀身が続いていなかった。
恐らく、初撃の衝撃に耐え切れなかったのだろう。根元から砕け折れたオヴィムの刀の切先が、テミスの足元に突き立っている。
けれど……。
「……この勝負。私の、完敗だな」
テミスはボソリとそう呟くと、崩れ落ちるようにその場に倒れ伏す。
テミスに限界が来ていたのは、身体だけではなかった。人繰りの糸は自らの精神力をより合わせて糸を紡ぐ。故に、この技は術者が最後に繰り出す絶技とされており、その精神力を食らい尽くす。だからこそ、その絶技を、執念ではなく集中のみで保っていたテミスの精神力が尽き、人繰りの糸が解けたのだ。
「……どこまでも、己に厳しい娘よ」
だが、そんな事実を露とも知らないオヴィムは、その心意気を高く評価した。
技を完遂させたと言えど、ここが戦場であれば武器を失った自分の敗北だ。その事実は揺ぎ無いというのに、テミスは武人として自らの敗北を宣言したのだ。
「バルド様……この分ならば、貴方の理想も安泰でしょう……」
残心を解き、観戦していたフリーディア達が駆け寄ってくる音を聞きながら、オヴィムは優しい目でテミスを見つめたまま、小さく呟いたのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




