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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第8章

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315話 小さなセイギ

 何が起こったのかわからない。

 アルスリードはバチバチと赤熱し、白く輝く視界の中で、まるで暖かな海に浮かんでいるかのような感覚に浸っていた。


「っ……」


 頭が熱い。

 漫然とした意識の端で、アルスリードはつい先ほどまでの事をぼんやりと思い出していく。


「確か……」


 そう。僕は今、囚われの身だった筈だ。

 何故かフリーディア様と肩を並べる、あのテミスとか言う意地悪な軍団長に連れられて、訳も解らずに激しい戦いを見せられていた。


「……でも」


 その憎いテミスと戦っていたのは、僕らディオン家の仇敵……ディオンの家名を地へと堕とした張本人なのだ。

 けれど、本当にテミスが悪者なら、オヴィムと戦う必要なんてない。自らの仇敵を倒すべく、毅然と立ち向かうその姿に……僕は確かに、心のどこか隅っこの方で格好いいと思ったんだ。

 そして、フリーディア様は僕に、ただ考えろと言った。

 なんでオヴィムが、かつて僕らディオンの一族が住んでいた屋敷を守っているのかはわからない。だけど……僕の産まれるずっと前からこの屋敷を守り続けてきたあの魔族が、どうしても憎むべき悪者には見えなかった。


「なら……」


 周りの皆が言うように、僕たちディオンの一族が間違っていたのだろうか?

 それはあり得ない。忠道騎士道……ディオンの一族は誇り高き意思を貫く、気高い血族の筈だ。

 ディオンも悪くなくて、オヴィムも悪者じゃない……。ならやっぱり、あのテミスと言う奴が悪者なんだろう。


「っ……。っ~~……」


 しかし、そう断じようとするアルスリードの理性を、頭の隅に焼き付いたテミスの背が否定していた。

 そう。ディオン家にはもう、地位も財産も無い。あるのはただ、胸に秘めた一族の誇りのみ。

 だからこそ、こうしてわざわざ行方知れずだったオヴィムの元へ訪れてまで、ましてや邪魔者である僕を連れてくる事は、テミスには一分たりとも得になる事は無いんだ。


「なのに……」


 あんなに苦しそうに表情を歪めて、あんなに見るだけでも痛い大怪我を負っているというのに。血みどろになりながらも、テミスは剣を振る事を止めなかった。

 そんな戦いから、目を背けたかった。あんなに眩しい姿を見せられては、立ち止まり、いじけ捻ていた自分に気づいてしまいそうだったから。

 だから、迷っていたんだ。

 僕なんてちっぽけで弱い人間の言葉が、あんな戦いを繰り広げる人たちに届くのか……。と。

 どうせテミスは、あの厭味ったらしくて憎たらしい笑みを浮かべてせせら笑うだけだろうし、オヴィムに至っては何と声をかけていいかわからない。

 そう。僕には何もないのだ。所詮は、口だけの誇りを掲げていた愚かな子供。

 立ち向かう力も無いし、そもそもあったとしてやり方がわからない。

 だから、諦めようとした。どうせ、何をしても無駄なのだ……。と。無力で無知な僕なんかが、口を挟んだところで何も変わらない。と。


「っ……」

「……?」


 ジャリッ……。と。

 アルスリードは間近の地面を踏みしめる音を聞くと、静かに目を開いて回想に浸っていた意識を現実へと引き戻す。

 するとそこには、血に濡れた甲冑を纏った大男……オヴィムがアルスリードを見下ろして立っていた。


「オヴィム……」

「……。はい」


 アルスリードは、自分の口が勝手に動き、つい先ほどまで忌み嫌っていた名を呼んだ事に気が付いた。

 ただ戸惑っているだけ。何故その名を呼んだのかなんてわからない。けれど……。


「僕は、ディオン家が末裔……アルスリード。何も知らないただの子供だ」


 そう、アルスリードが慣れない口上を述べると、オヴィムは何も語らずその手を兜へと運び、その中に封じ込められていた、老龍のような素顔を晒してゆっくりと口を開く。


「……ディオン家が居候。オヴィムと申します。己が忠道の為、番犬の真似事をしておりました」


 そして、向き合った二人が互いの名を告げ終わった時だった。それまで、アルスリードから周囲へ噴き出ていた強風のような力がピタリと止まる。

 そして、その手に掲げた紋章がひと際眩く輝いた後。アルスリードの体へ吸い込まれるように消えていった。


「っ……」

「……」


 再び、二人の間を沈黙が埋め尽くす。

 オヴィムはただ黙して俯き、アルスリードはその顔を見上げて硬直したまま、何かを言おうと口を開いては、結局、言葉を紡ぐ事無く閉ざすのを繰り返していた。


 何かを言わなくては……けれど、何を言っていいのかわからない。

 そんな葛藤がアルスリードの脳内を駆け巡る。ただ、時間だけが過ぎていく感覚がひたすらにアルスリードを焦らせていた。

 突然目覚めた良くわからないチカラ。そう……あの瞬間だって、何かを考えて行動した訳じゃない。

 ただ、止めなきゃ。と思った。

 並々ならぬ気迫が込められたオヴィムの刀と、まるでブラックアダマンタイトのように固く、そしてどこか悲壮な覚悟を纏ったテミスの剣。あの二つの剣が振るわれてはいけない……そう感じただけだった。

 だから。


「オヴィム。僕に仕える……いや、僕を導く気は無いか?」

「っ……!!」


 アルスリードは、静かにオヴィムへと手を差し出して問いかけた。

 どうせ何も知らないし、どうせ何もわからないのだ。なら、教えて貰えばいい。せっかくよく解らない一歩を踏み出したのだから、行ける所まで行ってみよう……。

 そんな気持ちを込めて、ディオン家が末裔としての言葉を紡いでいく。

 すると、さっきまではあんなに重かった口もすらすらと動いて、次々に言葉が溢れ出してきた。


「見ての通り、僕は無知で脆弱な子供だ」


 そう示しながら、アルスリードはその首に残る、鎖の千切れた枷の残骸を摘まみ上げて言葉を続ける。


「この力の事だって何もわからない。貴方の仕えたキルギアス(僕の祖先)には遠く及ばないだろう……。けれど、僕はディオンが末裔として、相応しい人間になりたいんだ」


 考えてなどいなかった。

 ただ、心の赴くままに言葉を紡ぎ、今の僕が出せる精一杯を、目の前の老人のような魔族へとぶつけていく。

 知りたい……オヴィムを突き動かすものを。

 解りたい……テミスがその背に背負うものを。

 だがそれを知るには、今までの僕では足りなさ過ぎる。もっと色々なものを見て、色々なものを知らなければ……。


「だから――」

「――結構」


 たった、一言。

 言葉を続けようとしたアルスリードに、オヴィムは力強く言い放った。

 そして、その巨体をアルスリードの前へ屈めると、自らの刀を地面に置いて、傅く格好で首を垂れた。


「貴方がそう望むのであれば、このオヴィム……身命を賭して貴方に仕えましょう。それこそが……ただ呆然と立ち止まり、主を失った悲しみだけに暮れていた不出来な()に、キルギアス様が遺された主命なのでしょうから……」


 オヴィムは深々と首を垂れて口上を述べる。その途中、僅かに言葉が震え、オヴィムの目尻に刻まれた深い皺に、一筋の涙が音も無く伝う。

 そして、その源流。光の灯った眼には、優しく温かな感情が溢れていたのだった。

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