314話 受け継がれる想い
「ぐああぁぁっ……ガハッ!!」
「ムゥゥッ……グッ!!」
テミス達を包んだ眩い閃光は、純粋な力の奔流だった。
魔力とは異なる、もっと根源的な魂の力の濁流。それに圧し流されたテミスとオヴィムは吹き飛ばされるように宙を舞い、古びた屋敷の外壁へと叩き付けられる。
だが、突如乱入した力の奔流により、互いの誇りを刈り取らんとしていた剣が、その役を果たす事は無かった。
「っ……ハァッ……ハァッ……やっと……か……」
しかし、テミスはボロボロの身体から力を抜くと、壁にめり込んだまま満足気に微笑んだ。
今この場において、私とオヴィムの戦いに介入できる者は一人しか居ない。つまるところ、鎖を断つ剣がようやく完成したのだ。
「遅いん……だよ……馬鹿フリーディア……ゴホッ……」
テミスはそう弱々しく呟いて、煌々と光を放つ、力の発生源へと視線を向けた。
そこには、光り輝く紋章を翳したアルスリードが、幼さの消えた凛々しい表情で、先ほどの力の奔流を放ったであろう右腕を、こちらへ向けて突き出していた。
「フン……少しはマシな……顔になったか……」
そんなアルスリードの姿を見てテミスはボソリと呟くと、燦然と輝くその出で立ちを、ただ眺め続けた。
まさか、本当に能力まで持っているとは少々誤算ではあったが、ここから先は彼の役割だろう。
「あれ……は……。まさか……」
その隣では、既に壁から脱出を果たしたオヴィムが、呆然とした声を漏らしていた。この分なら、大した苦労もせずに彼は役目を果たすだろう。
「できれば、その瞬間を見ていたかったが……」
うわ言のようにそう漏らすと、テミスは徐々に白く染まりつつある視界を受け入れた。
もう、既に手の感覚など消えている。あれだけの量の血を流したのだ、いかに私と言えど無事で済むはずもない。
「テミスッ!!」
などと、テミスが薄れゆく意識の中で戯れに考えていると、突如。一対の腕が力強くテミスの体を抱き上げ、柔らかな大地へと横たえた。
「フリー――」
「――どういう事!? あれは……何なの? アルスはどうしちゃったのよ!?」
テミスがその名を呼び掛けた瞬間。薄らぐ意識の向こう側から、矢継ぎ早に質問が斉射される。声を聴く限り余程錯乱しているようだが、ボロボロの怪我人相手にこの仕打ち、苦言の二言や三言では釣りが来る。
「ク……ハハ……。死にかけの私を叩き起こして……言う事がソレか……?」
「冗談! 貴女は殺したって死なないわ。それは私が誰よりも知ってる! それよりもアルスよ。応急処置を受けながらでも、説明くらいはできるでしょう?」
「……?」
早速とばかりに、テミスが苦言の権利を行使すると、フリーディアから返って来たのは意外な返答だった。
てっきり、死人に鞭を打ってでも情報を聞き出そうという魂胆だと思っていたが、まさか既に処置を始めていたとは……。
だがしかし、テミスとしてもフリーディアに教える事のできる情報は、そう多く持ち合わせていなかった。
「そう……だな……」
ごそごそという衣擦れの音を聞きながら、テミスは意識を気力で繋ぎ止めてこれから告げる話の内容を吟味した。
かつての大戦で戦功をあげていたというキルギアスは、恐らく転生者で間違い無いだろう。故に、神とかいうあの女から授けられた力が遺伝するのなら、その子孫であるアルスリードが能力の素養を持っているのは、不思議な事では無い。
だがテミスの予定では、せいぜい戦いを止めろと叫びをあげる程度が関の山だとタカをくくっていたのだが、よもや能力にまで目覚めてしまうとは思わなかった。
「あの紋章……ディオン家の家紋だろう……?」
「っ……! そうよ」
「ならば……話は簡単だろう……」
故に。話の上澄みをかすめ取るように、情報小出しにして数を並べて説明を進めていく。
これならば、私の力との関係も少しは有耶無耶にできるはずだ。
「つまりは……ただの賭けじゃないっ!!」
「ああ……。こうしてうまく事が運んで行幸だ……」
噛み砕いた説明を終えると、フリーディアは驚いたように批判の声をあげる。
無論。テミスが己の能力の事や転生者の存在を話す筈も無く、話の核が抜けた状態でこの説明を聞けば、唯の憶測に基づいた危うすぎる綱渡りであるという結論に、フリーディアが帰結するのは無理からぬ話だった。
「あなたねぇ……」
「それよりも……黙って見てろ……」
「っ……!」
フリーディアが続く苦言を呈する前に、テミスは皮肉気な笑みを浮かべて、その視線をアルスリードたちの方へと向けて言葉を続ける。
「死人が蘇生するところなぞ……そうそう見れるものではないぞ……?」
しゃがみ込んだフリーディアの膝にその身を預けながら、テミスは輝く紋章を掲げたアルスリードと、彼に歩み寄るオヴィムの姿を共に見守るのだった。




