309話 白刃乱舞
「そこの小僧が、ディオンが末裔。アルスリードだ」
向かい合い、互いに獲物を構えた格好で、テミスはおもむろに口を開いた。
これから先。赴く事になるのはまごう事なき修羅場。ならば、こうして互いに隙を探り合う暇がある間に、告げるべきことは告げておかねばならない。
「……それがどうした」
「別に……。ただこの戦いが……ディオンの御前であると知らせたかっただけ……さっ!!」
お互いに睨み合いながら隙を探り合う時間は、テミスが言葉を言い切ると同時に放った月光斬によって断ち切られた。
三日月状に切り裂いた漆黒の刃の軌跡が白く巨大な斬撃となって顕現し、一直線にオヴィムの元へと肉薄していく。
「――っ! ……フン」
しかし。その斬撃の真正面で、オヴィムは刀を構えて息を吐いていた。
あのテミスという娘がこのような技を持っているのは予想外ではあった。だが、あくまでもそれは予想外であったと言うだけで、驚く程のものではなかった。
「……」
この飛ぶ斬撃を構成しているのは魔法力の類ではない。ならば、闘気か……つまり、如何な手段を用いているかは知らないが、あの娘は生命エネルギーである闘気そのものを巨大な斬撃として放っているのだ。
斬撃がオヴィムの元へと到達する刹那の時間。その間に、オヴィムはテミスが放った技を分析し終えると、刀を中段に構え、自身の体はその陰に隠すように半身となって月光斬を待ち受けていた。
――そして。
「カァッ!!」
気合一閃。
月光斬がオヴィムの間合いに入った瞬間。オヴィムの刀が雷光の如き迅さで閃くと、斬撃の中心へ叩きこまれた。
すると、二つの斬撃は一瞬だけ僅かに拮抗した後、オヴィムの刀がぞぶりと月光斬へと潜り込む。その後、オヴィムの刀は音も無く月光斬を切り裂いて進み、遂には両断された月光斬が爆音と共に左右後ろの木を薙倒した。
「ハァッ……!!」
だがしかし。
テミスとてこの刹那の時間を呆けていた訳ではなかった。
初撃の月光斬は間違いなく防がれる。それが、弾くのか耐えるのか、はたまた躱すのかまでは分からないが、テミスにはオヴィムはこの一撃程度では倒せないという確信があった。
故に。初撃の月光斬を放った直後。大きく前方に跳躍し、斬撃がオヴィムの元へと到達する頃には、テミスの体はその頭上に飛び出していた。
そして体を捻り、全身のバネを使って大剣を振りかぶり、二撃目の月光斬を眼下のオヴィムへめがけて叩き込んだのだ。
ズッ……ドォォォン……。と。
放たれた月光斬が大地を巻き上げ、もうもうとした土煙を生み出した。
それを尻目に、テミスは空中でクルリと一回転をした後、月光斬の反動を生かして元居た位置へと軽やかに降り立った。
だが、その瞬間。
立ち込めた土煙の一部を突き破って、一つの影がテミスの元へと疾駆する。
その影は八双の如く刀を構えてテミスへ肉薄すると、着地直後のテミスへめがけて、右上段から強烈な斬撃を打ち込んで見せた。
――しかし。
「セェッッ――!!」
まるで、オヴィムが着地の瞬間を狙って来ることを予測していたかのように、気合の咆哮と共にテミスは大剣を迫り来るオヴィムへ向けて跳ね上げた。
結果。互いを切り裂かんと迸った二つの刃が打ち合わされ、盛大な火花と共に凄まじい金属音が打ち鳴らされる。
「クッ……」
「ムゥッ……!」
オヴィムの渾身の一撃と、テミスの全力の迎撃。無論そこに生じるエネルギーは凄まじく、激しく打ち合わされた刀と剣は、爆発するような勢いで互いの刀身を弾き返して持ち手の体勢を大幅に崩した。
だが、同じく体勢を崩したとはいっても、両者の姿勢は真逆だった。
上段から打ち下ろしたオヴィムは、刀を激しく弾き上げられた諸手を挙げた格好で、古びた黒い甲冑に覆われた腹を晒している。
対するテミスが行っていた迎撃は下段からの切り上げ。地面に向けて剣を弾かれたせいで、体勢こそ大きく傾いてはいるものの、大剣は大地へ僅かにめり込んだだけで、体から大きく離れてはいなかった。
――好機ッ!!
刹那の間にそう判断したテミスは、斜めに傾いだ体制を立て直すのを止め、そのまま体を巻き込んで大剣ごと強引に回転させる。
すると大剣は地面を切り裂いて抉り取り、まるで抜刀術の動きを九十度傾けたような奇妙な格好で、強烈な一撃をオヴィムへ向けて叩き込んだ。
「ッ……ラァッ!!」
「グゥッ……!!」
一瞬だけオヴィム苦悶の声が響き、バヂィッ!! という鈍い音が打ちなさられた後、凄まじい膂力を叩き付けられたオヴィムの巨体が、テニスボールのような動きで土煙の中の地面へと叩き付けられ、再び舞い上がった土の粒子が更に土煙を色濃く煙らせた。
「クソッ……!!」
だがその一方で、斬撃を放った反動を生かしていち早く体勢を整えたテミスが、渋い顔で吐き捨てるように零していた。
空中で体勢を崩させた、防ぐ事も躱す事もできない状況で一撃を叩きこんだはずだった。2連続の月光斬を凌いだ後の一撃があそこまで重いものだったのは想定外ではあったが、こちらが斬撃を加えるタイミングは完璧だったし、偶然、地面が鞘の役割を果たしたのか、タメの生まれたあの一撃の威力も申し分の無い物だった。
だというのに。
「っ……なんだ。今の気色の悪い手応えはッ……!!」
まるで、凄まじい粘性を持つ固いゼリーを切ったような感触。
どうやってあの攻撃を凌いだのかはわからないが、有効打となっていないのは確実だろう。
「チィィッ!!」
テミスは嫌な確信を胸に秘め、大剣を振りかぶると更に追撃を仕掛けるべく土煙の中へと斬り込んでいく。
その行動は、弾き飛ばしたオヴィムが体勢を立て直す前に、あの巨体と射程を生かす事のできない、間合いの内側へと入り込むテミスの強かな作戦だった。
そして以前の戦闘の経験を生かしたその作戦は、とても論理的で理に適った完璧なものだと言えるだろう。
――ただ。相手がオヴィムでさえなければ。
2020/11/23 誤字修正しました




