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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第8章

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305話 守る者と壊す者

翌日。

 太陽も天頂を越えたころ。テミスとフリーディアは、何をするでもなく拠点のリビングで向かい合ってコーヒーを啜っていた。


「テミス……貴女の意気込みは分かったけれど、実際はどうするつもりなの?」

「フム……」


 コーヒーを手元に置いたフリーディアが、テミスの顔を覗き込んで静かに問いかける。テミスの掲げた目標は、言うほど簡単に成し遂げられるものではない……とフリーディアは考えていた。

 まずもって、オヴィムに勝利することが至難の業。相手は永きにわたって、あの朽ちた館を腕前一つで守り続けてきた豪傑。たとえ全快のテミスであっても、あの老雄に苦戦するのは必至だろう。それに、たとえ勝利を修めたとしても、オヴィムの心が解き放たれるとは限らない。理由は如何にしても、守り抜いてきた誓いをへし折るのだ。心まで折れてしまう可能性だって大いにある。


「クク……何を心配しているかは知らんが、杞憂だぞフリーディア。今は朽ち果て、泥に沈んでいるとはいえ奴も武人の端くれ。自分の事くらい自分でどうにかするだろうさ」

「……そう」


 そう言って余裕綽々に微笑むテミスを見て、フリーディアは一つの確信を得た。

 もう一つ(・・・・)の目標(・・・)について、テミスは何の手立ても思い付いていないのだと。

 だからこそすぐに戦いへと赴かず、こうして案を練っているのだ。


逃げ出した(・・・・・)貴女には、わからないでしょうね」

「っ……!! 何だと……?」


 フリーディアの口から鋭い言葉が零れ落ち、テミスは思わず目を丸くして訊き返した。テミスは今まで、幾度となくフリーディアと斬り合い、罵倒し合ってきたが、この言葉ほど言いしれぬ重みをもったものは初めてだった。


「憎んだものと向き合う方法なんて、貴女にはわかるはずも無いわ。貴女は向き合う事を選ばなかったのだもの。だから、軍団長テミス(いまの貴女)が在るのだから」

「っ……!! それとこれとは話が――」

「――同じよ。人間に失望して見限った貴女に、オヴィムを憎むアルスの心は絶対にわからない」


 いつになく真剣な表情で、フリーディアは淡々とテミスに言葉を叩き付けた。

 その一方でテミスも、その顔を驚きに染めたまま言葉を返せないでいた。


「確かに。今貴女のやろうとしている事は正しいと私も思う。けれど、貴女はそれを成し遂げる術を持たない……違うかしら?」

「ぐっ……」

「そうよね。立ちはだかる悪を薙ぎ払い、そのすべてを殲滅してきた貴女が、憎しみを向ける相手を赦す方法なんて知っているはずが無いわ」


 侮蔑に等しい言葉を投げつけ続けるフリーディアに、テミスはただ呻き声を漏らして黙り込んだ。

 何故なら、フリーディアの言葉は全て真実だったからだ。


 まさに、ぐうの音も出ないとはこういう事を言うのだろうな……。

 テミスはフリーディアに向けていた視線をテーブルの上へと落とすと、その口元に皮肉気な笑みを浮かべて自嘲した。

 この問題の根本は、魔族と人間の対立にある。戦争で対立した二者が憎しみ合うが故に、アルスリードは今の立場に追い込まれたし、オヴィムは恩人の残響に縋る遺物へと成り果てた。

 二人とも、この魔族と人間の戦争における被害者なのだ。被害者であるが故に、アルスリードは魔族であるオヴィムを憎み続けている。

 そして、そんな者達を救う事をしてこなかった私には、幾ら頭をひねった所で、彼等の間に横たわる憎しみをどうにかする方法なんて思いつかなかった。


「……いい機会だから、貴女も学ぶといいわ」


 暫くの間、重い沈黙が続いた後。黙り込んだテミスに向けて、フリーディアはゆっくりと口を開いた。


「アルスもオヴィムも……もう簡単には自分の気持ちをぶつけ合う事なんてできない。百余年という月日は、彼等を隔てる殻がぶ厚く育つには十分すぎる時間よ」


 そう言い切ると、フリーディアは一度言葉を切ってテミスの顔を捕らえ、無理矢理に視線を交わらせる。


「だからこそ、ここに私が居る。だからこそ、ここに貴女が居る。違うかしら? 私はまだ、何もしていないと思っているのだけれど」

「……馬鹿を言うなフリーディア。お前はもう十分にやってくれているさ。現にこうして拠点も用意してくれている」

「それは別に、私じゃなくてもできる事だわ」


 顔を捕らえられたまま力無い笑みを浮かべたテミスに、フリーディアはきっぱりとした口調で言い切った。

 滞在する拠点を整えるなんてことは、形は違えどテミスであっても十全にこなせることだろう。

 だからこそフリーディアは、いつまで経っても一人で悩み続けているテミスに、少なくない怒りを覚えていたのだ。


「貴女にはわからなくても、私ならわかる。私はてっきり、そのために呼ばれたのだと思っていたのだけれど?」

「フン……そう言えば、お前のお節介は折り紙付きだったな」


 テミスはそう苦々し気に告げると、是も否も言わずに拘束を振り払った。

 確かにこの手の事柄は、ずっと人を救ってきたフリーディアにこそ一日の長があるのだろう。柄にもなく人助け(こんな事)に首を突っ込んだ挙句この体たらくだ。認めるのは非常に癪ではあるが、適材適所……連中の確執を解消するにはやはり、フリーディアの方が適任だ。


「……お前には奴等の心を救えると言うのなら、その策に乗ってみようではないか」


 そう判断したテミスは、視線を明後日の方へ向けたまま、苦虫をまとめて噛み潰したかのような渋い表情で答えたのだった。

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