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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第8章

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304話 意思と遺志

「チッ……」


 ガシャァンッ!! と。テミスはトラキアの拠点へと戻った途端、鋭い舌打ちと共に自らの剣を部屋へと乱暴に投げ入れた。そして、あからさまな苛立ちを浮かべて、リビングの椅子へと荒々しく腰掛けた。


「ねぇ。テミス……」

「…………何だ?」


 まるで子供のように怒りをまき散らすテミスへ、恐る恐ると言った様相のフリーディアが小さな声で問いかける。

 オヴィムの神域から出て以降。フリーディアとテミスは一言も言葉を交わしていなかった。幾らフリーディアが問いかけても、テミスはただズンズンと歩みを進めるだけで答えなかったのだ。故に、フリーディアはただ、テミスが非常に苛立っている事しか分からず、その強さを知る彼女としては、まるで炸裂寸前の爆弾と連れ立って歩いているような緊張を覚えていた。


「そろそろ、私にも説明をして欲しいわ……。正直言って、あなたたちの話と行動について行けていないのよ」

「フン……」


 テミスは慎重に問いかけるフリーディアの姿を一瞥して鼻を鳴らすと、腰を掛けた時とは対照的に、驚くほど静かに腰を上げると、部屋の隅に置かれた水瓶を2つ手に取って椅子へと戻る。そして、その片方をフリーディアへ突き出して、むっつりと口を開いた。


「お前が何に危惧しているのかは理解しているつもりだ。だからあえて言うが、その心配は杞憂だぞ」

「っ……でも……」


 眼光鋭く語り掛けるテミスから水瓶を受けとりながら、フリーディアは依然不安気に言葉を濁した。

 フリーディアにとって、今テミスが何故苛立っているのかはわからない。わからないが故に、その矛先がどこへ向くかも検討が付かないのだ。ならば、その矛先がいつ自分へ……守るべき人々へ向けられても対処できるように、気を張り続けるしかない。


「ったく……私もいい加減に信用が無いな……。まぁ、妥当ではあるか」


 その様子を眺めながら、テミスは皮肉気な笑みを浮かべると、ポツリと小さく零して水瓶の中身を一気に呷った。

 その対応はまったくもって正しい。私とフリーディアは敵同士なのだ。そんな奴が、意味も解らず自領内で苛立ちを募らせていたならば、警戒するなという方が無理な話だろう。


「違っ……! そういう意味じゃ無くて!!」

「良いさ。私が苛立っている理由など、一つしかないのだからな」


 テミスは僅かに寂し気な表情を浮かべると、フリーディアの言葉を遮って語り始めた。


「私が苛立っているのはな……オヴィムが自らの役目を放棄し、下らん幻想と妄想に囚われているからだ」

「オヴィムが役割を放棄……? そうは思えないけれど……」


 テミスの言葉にフリーディアは首を傾げると、受け取った水瓶を開けて一口それに口をつける。

 役目を果たすか否かで言えば、オヴィムは完璧にそれを果たしていると言えるだろう。事実としてあの屋敷に私達は指一本触れる事は出来ていないし、永い間それを守り続けていたのは間違いなくあのオヴィムなのだ。


「してるとも。アルスリードの御守は本来、アイツが果たすべき役割だ」

「っ……! それは……。でも……」

「あぁ。百歩譲ったとして、時世がそれを許さなかった可能性はあり得る。奴がいくら強かろうと、警備兵の監視下にあるアルスリードを連れ去るのは現実的とは言えない」

「なら――」

「――だがッッ!!!」


 テミスは抗弁しかけたフリーディアの声を怒鳴り声でかき消すと、その再び灯った苛立ちを晴らすかの如く大きな音と共に空の水瓶を、目の前の机に荒々しく叩き付ける。


「奴は私に切りかからなかったッ!!」


 体内に荒れ狂う怒りを吐き出すかの如く叫んだテミスの怒りの咆哮が、ビリビリと家中に響き渡った。


「奴にとって私は一度倒した容易い相手の筈だ! だというのに奴は!! 奴ほどの武人が! 現代(いま)を生きるアルスリードではなく、過去の虚像を選択したのだ!!」


 テミスは怒りの理由を吐き出すと、言葉と共に再燃してきた激情を押さえつける為にギリギリと歯を食いしばった。

 始まりは、何のことは無いただの巡り合わせだった。武者修行がてら出た旅先で出会い、その胸を借りるつもりで剣を交えた。

 そして予想に違わず、オヴィムは私と対等以上に渡り合える、部下でも敵でもない一流の武人だった。

 誇らしかった。敗北の辛酸を舐めこそすれど、軍団長でも仇敵でもなく……ただの私(・・・・)として戦えたことが。

 嬉しかった。役割や目的から解放されて、一人の戦士として剣を交える事のできる相手を見つけたことが。

 だが所詮。これらは全て私の一方的な思いだ。

 私が勝手に誇りに思い、私が勝手に喜んでいるだけの話。


 だがしかし。

 自分が実力を認めた男が、終わりのない地獄に囚われているのを、私は見過ごす事などできなかった。同時に、奴ほどの武人を縛り付け、緩やかな死へと誘ったキルギアスが憎らしかった。


「……テミス。私一つだけ、勘違いしていたわ」


 テミスの叫びが虚空へと消え去り、沈黙が支配していた室内の空気を、フリーディアの静かな声が震わせる。


「勘違い……だと?」

「えぇ。貴女の事だから、なんだかんだと言いながらもアルスの事を救うのだと思っていたけれど……。オヴィムの事も救うつもりなのね……?」

「………………」


 フリーディアの問いが静かに響くと、テミスは眉を歪ませたまま、口をへの字に曲げて沈黙を貫いた。

 いつもならば、ここで笑い飛ばしてやるところだが、今回ばかり話が違う。

 正直。アルスリードとか言う生意気な小僧の事はどうでもいいが、私はお節介にも、オヴィムの事は全力を以て救い出すつもりで居る。けれど、フリーディアに対しそれを認めるのは、何故かひどく業腹だった。

 だから。


「ハンッ……それこそ勘違いも甚だしいな。私はただ、オヴィム程の男をあんな場所に縛り付けるキルギアスの命令が気に食わんだけだ。故に、私はそれを打ち砕く為、奴を叩き潰すに過ぎん」

「はいはい。珍しく貴女の行いを正しいと思えたのだもの。そう言う事にしておいてあげるわ」


 テミスは少しの沈黙の後に大きく鼻を鳴らすと、ふてぶてしく吐き捨てて見せた。

 しかし、そんなテミスを見たフリーディアは優し気に微笑むと、柔らかい口調で応えたのだった。

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