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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第8章

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303話 朽ちゆく者

「魔王軍、第十三軍団長……。そうか……バルド殿は身罷られたか……」


 長い沈黙の後。オヴィムはポツリと言葉を漏らした。その言葉は深い愁いを帯びており、たとえ顔が見えずとも、オヴィムが悲しみに暮れている事は明らかだった。


「あぁ……。人間軍の大軍を相手に最後まで退かず、殿を務めながらも敵師団に大打撃を与えたと聞いている」

「そういうお方だ。それに、お前がその話を儂へするという事は……」

「無論。お前の過去の事はほぼ理解している」

「……それで? お前は儂に……この墓所と共に朽ち行く老兵に何を求むる?」


 静かに。そして深慮に。テミスの目を見据えたオヴィムが問いかける。

 その甲冑の奥から覗く視線は、まるで静かな湖面のような静けさに満ちており、バルドの死を悼んではいるものの、一切心が揺らいでいないようだった。


「……別に何も? ただ、そうさな。己が心に従って答えて貰おうか」

「フム……」


 不敵な笑みを浮かべてテミスが告げると、オヴィムは一度だけ喉を鳴らして動きを止めた。その動きは肯定や否定の意を示してこそいなかったものの、テミスには問いを待ち構えているように見えた。


「実はだな……現在我が町で、ディオン家が末裔。アルスリードの身柄を拘束している」

「なっ――!?」

「…………」


 事も無げに言い放ったテミスの言葉に、後ろで様子を見守っていたフリーディアが鋭く息を呑んだ。

 それもその筈。オヴィムはディオン家に救われたが故に、こんなにも永くこの場所を守り続けてきたのだ。よもや、その末裔を捕らえているなどと明かせば、オヴィムの怒りの矛先がテミスへ向くのは火を見るより明らかだろう。


「ちょっと! テミスッ!!」


 確実に戦いの火蓋が切られることになる。そう直感したフリーディアは即座にテミスの隣をすり抜けながら、抜剣しようと腰の剣へと自らの手を閃かせた。

 せめて初撃の一撃。それさえ防ぐことができれば、テミスと共に一度離脱する事は出来る……!

 間違いなく相手の地雷を踏み抜いたのだ。そう考えたフリーディアの思考は正常であるし、即座に撤退戦を選択したのは、彼女の才覚が如実に表れていた。

 ――しかし。


「――言ったはずだ。余計な事はするな……と」

「――っ!!! なんでっ……!?」


 テミスの脇をすり抜ける刹那。フリーディアの動きに反応したテミスの手が、抜剣しようとしたフリーディアの剣を押さえてその身を押し留めていた。

 故に。テミスの身はオヴィムに対して完全に開いた(・・・)無防備な状態になっており、間近で状況を理解したフリーディアはテミスの死を予測する。

 否。それは決して、予測などという生易しいものではない。経験と推測から導き出された一種の未来予知であり、殺気の充満したこの場において、数々の戦場を潜り抜けたフリーディアには、血だまりに崩れ落ちるテミスの姿を幻視する程であった。


「っ……! だから……どうしたというのだ?」


 けれど……フリーディアの予測した未来が訪れる事は無く。相も変わらず平坦なオヴィムの声が、淡々と言葉を返しただけだった。


「どういう……こと……?」

「フン……」


 再び広場を重たい沈黙が支配し、その中をフリーディアが驚愕する声と、まるで唾棄すべき物でも見つけたかのように乱暴に吐かれたテミスの息が駆け巡っていった。


「実に下らん……。非常に残念だ……」

「……テミス?」


 テミスは吐き捨てるような呟きを零すと、剣を掴んだ手で強引にフリーディアの体を後ろへと押しやりながら、自らの体をも反転させてオヴィムに背を向けた。


「…………」


 それでも尚。オヴィムは黙り込んだまま微動だにせず、ただその背中を警戒して凝視し続けるだけだった。


「……。ハァ~……」


 テミスは深いため息をつきながらフリーディアと共にオヴィムから距離を取り、先程広場の中ほどまで歩いた半分程度の道のりを踵を返した所で立ち止まる。

 ぎしり。と。

 そのとき間近にいたフリーディアのみが、固く食いしばられたテミスの歯がきしむ音を聴き取った。

 その音にふと視線を落としてみれば、いつの間にか自分の剣の柄を押さえていた手は離れており、所在無さげにぶら下げられた手は、青白くなるほどに固く握りしめられていた。


「いやな……? ディオンの小僧が言うには、屋敷には当代最強の反逆騎士・キルギアスが遺した秘伝書があると言うじゃないか」


 足を止めたテミスは、蕩けた蝋燭の様に歪んだ笑みを浮かべると、ゆらりとオヴィムを振り返りながら口を開いた。

 勿論。テミスはそんな話をアルスリードから聞いてなどいない。しかし、テミスの予想が正しければ、今度こそオヴィムは反応を見せるはずだった。


「っ……!!」


 直後。テミスの予想通り。初めて反応を見せたオヴィムの手が、弾けるように腰の獲物へと番えられる。

 それを視界の端に確認したテミスは、フリーディアと共にじりじりと距離を開けながら、失望を隠さず言葉を続けた。


「私の目的は……それだ。数日後またそれを取りに来る。私に屋敷を荒されたくないというのならば、お前が探して私に渡せ。朽ちた埴輪風情でも、その程度はできるだろう?」

「テミ――むぐっ!」


 言葉の途中で、目くじらを立てたフリーディアが口を挟もうと声を上げるが、即座に伸びたテミスの手がその口を押え、悪魔のような笑みと共に、その台詞は遮られる事無く発せられた。


 ――刹那。

 反射的に抜刀してしまいそうになる程に巨大で濃密な殺気が、暴風のようにテミス達へと叩き付けられる。


「っ~~~~!!!」


 事実。フリーディアは即座に身を翻して広場の隅にまで退避し、腰の剣に手を番えたまま身構えている。

 だが、テミスは思わず剣へと跳ねそうになった己の右手を左手で掴み、濃密な殺気を放ちはじめたオヴィムに背を向け続ける恐怖と戦いながら、ゆっくりと一歩を踏み出す。


「抜け。お前には失望した。良き武人になると……思っていたのだがな」


 平坦なオヴィムの声がテミスの背へと投げ付けられる。

 それは確実に最後通告であり、今この場で決着を付けんとするオヴィムの意思が明確に示されていた。


「断る。言ったはずだ。今日は挨拶だと。どうしても決闘の真似事をしたいと望むのなら、後日付き合ってやる。それまで、せいぜい過去の残響にでもこびり付いて居ろ」


 しかし、テミスがその足を止める事は無かった。それどころか、オヴィムへと視線を向けぬままふてぶてしい言葉を言い残すと、後ろ手にヒラヒラと振りながら緊張するフリーディアの横をすり抜けて林へと消えていったのだった。

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