301話 居住拠点
「なっ……。これはっ……」
フリーディアが用意した家屋へと足を踏み入れたテミスは、思わず大剣をその場に取り落として絶句した。
「フフン。すごいでしょ?」
「あ……あぁ……」
その声に、フリーディアはその身に纏った外套を脱ぎ捨てると、得意気な笑みを浮かべてテミスの方を振り返る。その姿に、テミスはただ茫然と頷く事しかできなかった。
「これは……なかなかのものだな……」
感心したかのように呟きを漏らしたテミスの眼前には、可愛らしい装飾でまとめられた室内が、どこか誇らし気に広がっていた。
「っ……」
「ふふっ。その反応が何よりの報酬ね。あなたの好みに合うかは少し不安だったけれど、気に入ってくれたようで安心したわ」
テミスが思わず一歩、建物から外に出て確かめると、フリーディアはますます笑みを深めて、自らの自信作であろう室内を見渡した。
確かに。フリーディアに案内されたのは、トラキアの町から少し離れた場所にひっそりと佇んでいる小屋だった。
元は農家か何かだったのか、ぼうぼうと草が伸び放題になっている隣の荒れ地には、ところどころに小麦の姿が見え隠れしていた。
「これを……お前一人で……か?」
「ええ。一日でそろえたものだからこの時間になってしまったけれど、待たせただけの価値はあると思うわよ?」
「……何というか。アレだな。お前、実は馬鹿だろう?」
「なっ……! 何よそれ!! 確かに、遅れたのは悪かったけどその言い草は無いんじゃないっ!?」
屋内へ戻りながら、テミスが盛大な溜息と共に苦言を呈すると、即座に怒りを露にしたフリーディアが声を荒げた。
だがテミスとしても、率直な感想を述べただけなので文句を言われる筋合いはない。
「言い草も何も、素直な感想だが?」
「っ~~!! そんな恰好で来るあなたに言われたくは無いわよ!!」
しかし、フリーディアは耐え難い侮蔑を投げつけられたかのように身を震わせると、彼女と同じように外套を脱いでいたテミスを指差して怒りの叫びを上げる。
「何よそれ!? 私達は、オヴィムと戦いに行くのであって、戦争をする訳ではないのよ?」
フリーディアが指差した先では、外套を脱いで完全武装を露にしたテミスが、呆れた顔でその向けられた指を眺めていた。
「馬鹿を言うな。オヴィムは強い。完全武装を用意するのは当たり前の事だろう」
「そうだけど……いやそうじゃなくて!! 何でそんな物々しいモノを平然とした顔で着てくる訳!?」
「いや……だから……」
「武装を整えるのは同意するし、貴女の装備が一級品なのも誰よりも私は知っていますとも!」
フリーディアはテミスに有無を言わせぬ気迫で迫ると、その鼻先に指を突き付けて言葉を続ける。
「でもね!! 何も着てくる必要は無いと思うんですけど!?」
「鎧は着るものだろうに……」
一足先に話の食い違いに気付いたテミスは、無造作に小手の留め金を外し、重ねてため息を漏らした。
これだけの準備を整えていたのだ。それならば丸半日突っ立っていた甲斐があるというものだ。だがそもそも、私はオヴィムを何とかするというこの問題において、そんなに長い時間をかけるつもりは無い。
故に。私は日帰りないしは数日で決着を付けるべく、こうして用意をしてきた訳なのだ。
「わかってない! わかってないわ!! そもそも――」
「――わかったわかった。そうがなるな。お前の言いたい事は理解したつもりだ。それで……? 私の部屋はどっちだ?」
テミスはいきり立つフリーディアをなだめながら、ひとまず甲冑を外して問いかけた。
この建物は見かけによらずなかなかの大きさがあるらしく、戸口を潜ったリビングの先には、奥へと続く閉じられた扉が二つ存在している。
「……どちらでも。貴女の好きな方を選んでくれて構わないわよ。どちらも変わらないし」
「そうか」
不満気にフリーディアが質問に答えると、テミスは無造作に右側の戸を開いて外した甲冑を投げ入れる。
どうせフリーディアが用意したのだ。その言葉に偽りはあるまい。
「ねぇ。テミス……」
「ん……?」
「確かに、私はアルスの為に貴女に付き合うと言ったし、こうして準備も整えたわ……」
フリーディアは真面目な声色でそう告げると一度言葉を切り、テミズの反応を窺うかのようにその背を注視した。しかし、テミスはそんな視線を歯牙にもかけず、次々と甲冑のパーツを外して室内へと投げ入れていく。
「本当に、勝算はあるの?」
「フン……今更そんな事を聞くな」
最後に、テミスはサークレットから頭を抜いて部屋へ投げ入れ、ピシャリと扉を閉めてフリーディアを振り返る。
「我に秘策あり……だ。もっとも、先に奴の思惑を明確にする必要があるがな」
不安げなフリーディアの言葉に、テミスはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、自信満々にそう答えたのだった。




