299話 迎えの儀式
「セェッ!!」
「ハッ!!」
強行偵察を始めてから三日。陣営が張られ、戦場と化した平原に派手な剣戟の音が響き渡っていた。
「アハハッ!! ホラホラッァッ!!」
「クッ……ヌゥ……隙を逃すなよッ!?」
「ハッ!」
「行くぞマグヌス!! 今日こそ決着を付けてやる!!」
「ハハハハッ!! 来いっ!!!」
剣を打ち合わせるテミスとフリーディアの傍らでは、サキュドと部下を従えたカルヴァス、そしてマグヌスとミュルクが派手に立ち回り、戦場に華を添えている。
「ククッ……随分と遅かったな?」
「っ……! 待ちくたびれたか……しらっ!?」
ガギィンッ! ゴィィンッ! と。互いの剣を激しく打ち合わせながら、テミスとフリーディアは剣戟の狭間で言葉を交わす。だがしかし、以前の戦いのように互いの剣に殺意は無く、激しく打ち鳴らされる金属音と迸る火花が二人を彩り、事情を知る者がそれを見れば、まるで舞を踊っているかのように思わせただろう。
「あぁ……本当に待ちくたびれたとも……お陰で体調も万全だ。……何かあったのか?」
数合打ち合った後、上段から打ち下ろしたテミスがそのまま大剣に力を込める。すると、意図を察したフリーディアがそれに応じ、鍔迫り合いの形で膠着し、早速とばかりにテミスがフリーディアに問いかけた。
「……いえね。上が少し渋って時間がかかったのよ」
「何……?」
フリーディアが告げたその答えに、テミスは即座に眉根を寄せた。
彼女曰く。生意気にも白翼騎士団は人間連中にとって、我々十三軍団に対抗する唯一の切り札らしい。その言葉が本当ならば、我々がこうして動きを見せた今、即座に出撃を要請するはずなのだが……。
「悪いけど、詳しいことは解らないし、わかった所で貴女には教えない……わよっ!」
「っぁ……!! このっ!!」
「フフッ」
言葉を交わすと同時に、フリーディアが柔らかく膝を使って体を僅かに屈め、自分の剣で受け止めていたテミスの大剣を受け流した。上段から力を籠め続けていたテミスの大剣はフリーディアの剣の腹を滑り落ち、轟音を立てて地面へと叩き付けられる。
だが、テミスとてただ黙ってそれを許してやるほど甘くは無い。地面を抉った大剣を柄を膝で蹴り上げ、跳ね上げるように返す太刀で斬り上げて見せた。
しかし、フリーディアはまるでその攻撃を読んでいたかのように薄く笑みを零すと、半歩後方へ上体を反らすだけでその一撃を易々と躱す。
「チィッ……」
「テミス……貴女今、本気で切るつもりだったでしょう?」
「いいや? だが、躱されるとは思っていなかったがな」
余裕の笑みでテミスへ問いかけたフリーディアに対し、テミスは切り上げた勢いを生かし、サマーソルトのように空中で宙返りを決めて距離を開けた。そして、剣を構え直して睨み合う。
「っ……」
今の一撃。確かに当てるつもりは無かったが、躱させるつもりも無かった。それに、受け流された後の一撃とはいえ、蹴りを加えて剣を加速させたあの一撃には、それなりの迅さがあったはず……。だというのに、受け止めるのならまだしも、こうも易々と躱されるとは……。
「ム!?」
瞬間。テミスは眼前のフリーディアが、深く腰を落とすように身を屈めたのを視界に捕らえた。同時に、次の一撃を鋭い刺突と読み切り、テミスは大剣の腹を自らの前に突き立ててそれに備えた。
「ハァッッ――!!!」
その直後。フリーディアは裂破の気合雄たけびを上げ、テミスの読み通り凄まじい勢いで刺突を繰り出した。
無論。その一撃はテミスが突き立てた大剣に阻まれ、激しい火花と音を立ててその本懐を果たす事無く停止する。
「フン。読めているぞ。フリーディア」
「で……しょうね。でなければ全力で打ち込まないわよ」
しかし、フリーディアはテミスのように驚いた表情は浮かべず、まるで自らの刺突を止められることを予期していたかの如く、不敵な笑みを浮かべていた。
その表情を見た途端。ぞわり……と、テミスの背に不穏な寒気が過った。
「本当に……貴女は何もわかっていない」
「なっ――!? ぐぅっ!? これは……クッ――!!!」
刹那。テミスは、自らの視界が青に染まったと知覚した次の瞬間。強い衝撃が背を襲い、自分がフリーディアに投げられたのだと自覚する。
――これはまずいッ!!
瞬時にそう判断し、テミスはそのまま地面を転がった。
その直後に、先ほどまでテミスの顔があった位置の眼前に、フリーディアの剣の切先が付き付けられていた。
「フリ―ディア……お前……。何故、お前が背負い投げを習得している……?」
地面を転がり、十分にフリーディアから距離を取った後。テミスは驚愕の表情でフリーディアへと問いかけた。
今のは間違いなく背負い投げ……。だが、背負い投げは、あの世界の技の筈だ。ならばなぜ、この世界の住人であるフリーディアがこの技を習得している……?
「ハァ……やれやれ……ね」
しかし。テミスの驚愕とは裏腹に、フリーディアは呆れたように大きくため息を吐くと、テミスの頭があった虚空に向けていた剣を下げて言葉を続けた。
「テミス……貴女はまるで、自分以外の人間が、一切成長しないかのように語るのね?」
「っ――!?」
「この技……忘れもしないわ。以前貴女に受けた非殺の一撃。こうして再現できるまでにはかなりの時間がかかったけれど……何とか形にすることができたわ」
フリーディアはテミスの驚愕を無視してそう言い放つと、ブラブラと遊ばせていた剣を再び構えてニヤリと笑みを浮かべた。
「私は、貴女と違って努力を怠らないの……。さぁ。続きといきましょう? テミス。剣を構えなさい!!」
「っ……。チィッッッ……!!! いちいち癪に障る奴だッ!!」
テミスは、フリーディアの言葉に忌々し気に舌打ちをすると、再びフリーディアと剣を打ち合わせたのだった。




