幕間 絆紡ぐ紅爪
幕間では、物語の都合上やむなくカットしたシーンや、筆者が書いてみたかった場面などを徒然なるままに書いていきます。なので、凄く短かったりします。
主に本編の裏側で起っていた事や、テミスの居ない所でのお話が中心になるかと思います。
「あっ、バニサスさん。いらっしゃい」
「おう。アリーシャちゃんは今日も元気だな」
テミスがファントを出立した後も、マーサの宿屋には看板娘の元気な声が木霊していた。
「うんっ! テミスの分まで頑張んないとねっ!」
いつものように顔を出したバニサスに、アリーシャは満面の笑みで応えて見せる。
「頑張るのは良いけども……アンタ、良かったのかい?」
「ん~?」
カウンターから顔を出したマーサが、ゆっくりとアリーシャ達の方へ歩み寄りながら問いかけた。
「あの首飾り、アンタの大事な思い出だろう?」
「……首飾り?」
「うん……」
アリーシャは軽く頷くと、服の上から胸に下げた首飾りを握り締める。
「この首飾りは、アーニャが作ってくれたものなんです」
「っ……」
懐かしむような表情で語り始めたアリーシャの顔を見て、バニサスが目を見開いた。
アーニャという名前は、バニサスもよく知っていた。快活で、豪胆。そしてアリーシャと同じように、よく笑う少女だった。若くして剣の才を示した彼女は、町の自警団の一人としてバニサスと共にこの町を護ってきた。
「これ、あげるよ。今日狩ってきたヤツだぜ?」
ある日、自警団の任務から戻ったアーニャが、あの首飾りを得意気な顔で差し出してきたのもちょうどこの席だった。彼女曰く、3本爪の走竜の物らしい。
「すっごい綺麗だったから、アリーシャとお揃いにって作ってみたんだけど、よく考えたら一個多くてさ。いつか好きになった人にでもあげなね」
そう言って彼女は、にししっと笑っていた。
「もしかしたら、旅先で二人が出会ってたりしてな」
回想に浸るアリーシャの耳に、バニサスの言葉が飛び込んで来る。
テミスが首飾りを持っているのをアーニャが見たらどんな反応をするだろうか?
がっかりする? 怒る? でもアーニャの事だからきっと、最終的にはテミスと仲良くなっているのだろう。
「ふふっ……」
「んん? なんかおかしなこと言ったかい?」
「ううん。本当にそうだったら素敵だなって」
アリーシャはそう言って、顔を上げたバニサスに微笑みかける。
「あ、でももし会ったらアーニャ、戦いとか挑んでそう」
「ハハハハッ! ちげぇねぇ。口癖のように誰彼構わず、私と手合わせしな! だったからな。テミスちゃんがどんな顔するか見てみたいぜ」
「ハッ、あの子の事だ。きっと表情一つ変えずに、断る。で終わりだろうよ」
「あははははっ。言いそう言いそうっ!」
マーサが苦笑い共にそう言うと、いつの間にか静まり返っていた宿屋の中に笑い声が溢れた。
「っと、話し過ぎたね。さっ! アリーシャ、仕事に戻るよ!」
「はーいっ!」
マーサがそう言い残して厨房へ戻ると、アリーシャはバニサスに笑いかけた後、再び輝くような笑顔で客を迎えるのだった。
8/21 誤字修正しました




