293話 先人として
「フリーディア様ッ!! そいつ、やっつけたのかっ!? 助けに来てくれたんだな!!」
テミス達が、少年の囚われている牢に近付いた時。真っ先に飛んできたのは少年の歓声だった。
その声に釣られて前方へと視線をやると、溢れんばかりの笑顔を浮かべた少年が、鉄格子にへばりついて手を振っていた。
「っ……!! テミスッ!! 貴女ッ!!」
「勘違いするな。こちらは被害者だ。あの小僧……放っておけば、この町を掘削用の爆薬で吹き飛ばす所だった」
「そんなまさかッ――!?」
「ならば本人に聞いてみろ。それとも、奴が持参した爆薬を見せてやろうか? ご丁寧に、鉱山仕様の物をな……」
「っ……!!」
少年を一目見たフリーディアが声を荒げるが、機先を制したテミスが飛び出しかけた文句を封殺する。フリーディアにも、何かしらの心当たりがあるのだろう。唇を噛みしめたフリーディアは、喉の奥で何かを噛み殺すような声を僅かに漏らしている。
だが……この反応。この少年自体は、本物のディオンの末裔で間違いなさそうだが……。
「ハハッ……ざまぁみろってんだ!! さっ! 早くここを開けてくれよフリーディア様ッ! 早く魔族共をやっちまおうぜ!!」
「……」
無邪気に歓声を上げる少年を眺めながら、フリーディアは突如黙り込むとピタリとその足を止めた。そして、自らの肩に体を預けるテミスに顔を向けると、二人の視線が至近距離で交わった。
「見くびられたものね……私も。……えぇ。彼はキルギアイスの末裔。アルスリード・ディオン君よ」
「……それで? お前はこいつをどうする?」
ニヤリ。と。不機嫌そうに歪められたフリーディアの顔を間近で眺めながら、テミスは意地の悪い笑みを浮かべてその先を促した。
フリーディアならば、これで私があのオヴィムと剣を交えた理由を誤認してくれるはずだ。事実、それは目的の一部であって偽りではない。故にテミスはここでフリーディアの解釈を待ち、あえてアルスリードの処遇を問いかけたのだ。
「おーい? 何やってんだ? そんな奴もう捨てちゃっていいだろ? 鍵ならこっちに――」
「――見くびられたもの。と言ったはずよ? 彼の事は貴女の好きにしたらいいわ。……ただし、貴方の正義が許す範囲の中でね?」
「ククッ……それは重畳」
未だに一人、状況を理解していない少年の声が響く中で、喉を鳴らしたテミスが満足気に笑みを浮かべた。
そもそも、一度生かした時点で、この少年を殺すつもりはテミスには無い。もしも、このアルスリード少年の証言が本当ならば。彼をファント爆破へ唆した奴が必ず居るのだ。
ならば、私が真に刈り取るべき悪党は、こんな子供に命を賭けさせ、その一方で自らは安全地帯から娯楽がてらその結果を待っている奴等の方だろう。
「おい……アルスリード」
「っ……!! 何だよ! 負け犬! 命乞いなら無駄だぜ!」
「フッ……やけに威勢が良いな。自分が何をしようとしたのか……フリーディアに正直に話してみると良い」
テミスが知る筈の無い自分の名を呼ばれたのに面食らったのか、アルスリードは一瞬だけ言葉に詰まるも、威勢を取り戻してボロボロのテミスを見下して高々と宣言をした。
しかし、テミスはそんなアルスリードに不敵な笑みを向けると、チラリと真横のフリーディアを視線で示して言葉を返した。
「うっ……お、俺は悪い事はしてない!! 悪い魔族を倒すためにこの町まで来たんだ!!」
「そう……でもね?」
「っ――!?」
アルスリードがテミスから視線を逸らし、まるで弁解でもしているかのようにフリーディアへ向けて叫びを上げる。すると、フリーディアはテミスに貸していた肩を緩やかに抜き取ると、テミスをその場に残して牢の間近へと、言葉を紡ぎながら歩み寄っていく。
そしてフリーディアは腰をかがめて、自らより少し低い位置にあるアルスリードに視線を合わせると、柔らかに浮かべていた微笑みを消し去って口を開いた。
「この町を良く見て、頭を冷やしなさい!!! 貴女の言うような悪い魔族がこの町に居るかしら!?」
「っ――! でもっ――」
「――それに、あなたは爆弾を使おうとしたそうね?」
「っ……! だ、だって……!」
「言い訳しない!! 私達騎士は、例え敵であろうと、戦わない民間人の犠牲は出さないわ。あなたはそれを、誰よりもわかっていると思っていたのだけれど……」
「フッ……良く言う……」
テミスは、眼前で繰り広げられる茶番劇を眺めて呟くと、唇を歪めて笑みを漏らした。
彼等の間にある雰囲気から、フリーディアとアルスリードは少なからず面識があったのだろう。どうせフリーディアのあの性格だ、先祖の業まで背負って、何かしらと気にかけていたのだろうが……。
「――あなたは、誇り高い騎士となるのでしょう!? なら、私情に捕らえられず、しっかりと本当の事を見抜きなさい!!」
「っ……! ごめん……なさい……」
「謝るのは私なのかしら? 私は別に、あなたに何も悪い事はされていないと思うけれど?」
「っ……!!!!」
フリーディアに諭されたアルスリードが、チラリとテミスへ視線を向けた後、それだけは承服しかねるかの如くその目を逸らす。彼の中にも、どうやらどうしても譲りたくない一線というモノはあるらしい。
「アルス……? 自分の間違い理解したんじゃないの?」
「クハハ……まるで母親だな……」
「……私も少し、郷愁を覚える光景です」
アルスルードの態度に、フリーディアが再び怒声を上げて叱責を続ける。
それはまさしく、イタズラの露見した子供を母親が叱りつけている光景そのもので。面白そうに笑みを浮かべたテミスは、傍らのマグヌスと肩を並べて、心行くまでその光景を眺めていたのだった。




