幕間 アトリアとフリーディア
幕間では、物語の都合上やむなくカットしたシーンや、筆者が書いてみたかった場面などを徒然なるままに書いていきます。なので、凄く短かったりします。
主に本編の裏側で起っていた事や、テミスの居ない所でのお話が中心になるかと思います。
冒険者ギルドが兵站事務所へと変化してから、あたしの日常は酷くつまらないものになった。
事務所を開けてカウンターに座り、兵士になりたいなんて酔狂なやつが来るまで、特に何をするでもなく往来を眺め続ける。それに飽きたら、思い付いたかのように書類を整理し、時間になったら事務所を閉める。そんな下らない事の繰り返しだ。
「あの子は……今頃何処に居るんだろうね……」
アトリアはいつも通り事務所を開けると椅子に腰かけ、一人の少女の事を思い浮かべた。
十日ほど前。彼女がこの事務所を訪れた日は、無味乾燥なあたしの毎日の中でいっとう輝いて見える。まるで、かつての冒険者たちと話しているかのように、枯れ果てたこの胸の内に、燃え盛るような炎を残して行った。
「これさえ無けりゃ……ね」
アトリアは苦笑いと共に一枚の紙を引っ張り出すと、深いため息と共にその紙面へと視線を落とした。そこには、デカデカとした文字で『始末書』と銘打たれていた。
「ま、この気持ちの礼としちゃ安いもんか」
そう呟いて、ニヤリと笑みを浮かべるとアトリアは筆を取る。
魔力球をあの銀髪の少女が爆散させたなんて事実が知れたら、それこそ軍部はこぞって彼女を探すだろう。それは彼女にとっても、あたしにとっても思わしくない。
「だからって、こけたってのは芸が無かったかね」
いっそのこと事務所ごと滅茶苦茶にしてしまって、暴漢に襲われたとかでも良かったかもしれない。
そんな事を考えながら、アトリアは紙面に思ってもいない反省の言葉を書き連ねていく。今までであれば絶対にそんな真似は御免だったのだが、頭でっかちで傲慢な軍部の連中を出し抜いてると思うと、どこか痛快な気分だ。
「……こんなもん。かね……んっ?」
アトリアが筆を置くと、それを待っていたかのようにカウンターの正面に一人の少女が姿を現した。
「フリーディア様じゃないか。どうしたんだい?」
「これ。替えの魔力球です」
「ああ。わざわざ持ってきてくれたのかい。悪かったね。こっちも丁度、コイツを書き終えた所さ」
アトリアはそう言うと、いまだインクの乾ききっていない書類を丸め、フリーディアへと差し出した。
「…………」
「……? どうしたんだい?」
しかし、フリーディアは始末書を受け取らず、同時に魔力球も手放さなかった。
「魔力球を壊したの……本当はテミス……あの日ここに来てた銀髪の女の子ですよね?」
「っ!!!」
遠慮がちに告げられたフリーディアの言葉に、アトリアの目が見開かれる。
「……いんや。理由は報告書に書いた通りさ。アタシのドジさね」
「…………あの子、前線の方へ向かったんです」
「へぇ……また珍しい。んで? それをまた何でアタシに?」
思い詰めるような表情で語るフリーディアに、アトリアは表情を変えずに問いかけた。
「タケナカ卿……イゼルの町で動きがあったらしくて。ウチが出る事になったんです」
「っ……」
今度こそ明確に、アトリアの表情が驚きに変わった。
イゼルと言えば、ここからテミスが向かうと言っていたヴァルミンツヘイムへの途上にある。今は何処で何をしているかわからないが、巻き込まれないとは言い切れない。
「最前線まで行くなんてことはないと思うけど……もしテミスが戦いに巻き込まれたらって思うと……」
フリーディアは目を伏せたまま不安気に言葉を続けた。その表情からは、アトリアの動揺にも気付く事のできない程の不安が見て取れた。
「……あの子ならきっと。大丈夫さね」
アトリアはそう言うと、片手をフリーディアの頭に持って行って優しく撫でた。
テミスはきっと、行き先まではこの子に伝えなかったのだろう。その判断と警戒心は正しいものだし、この先必要な物だと思う。けれど、純粋にテミスを心配しているフリーディアの事を、アトリアは放っておく事ができなかった。
「今頃、どこかで冒険でもしているさ」
優しい声色でそう告げたアトリアの瞳は、遠くヴァルミンツヘイムの方を見つめていた。
8/21 誤字修正しました




