282話 半端者の呵責
町に戻ったテミス達を待っていたのは、好奇に目を輝かせた冒険者たちの姿だった。
その表情からは、生意気な新人冒険者がどれほどまでにプライドをへし折られているかを期待しているのは一目瞭然で、そんな視線がテミスをますます不機嫌にさせていた。
「……そう腐るなっての。誰もお前サンがあんな切り札持ってるなんざ夢にも思っちゃいねぇんだからよ」
「別に腐ってなどいないさ。ただただ不快なだけだ」
「そういうのを……腐ってるって言うんだがね……。ハァ……どうしてこう、どいつもこいつも素直じゃないかね……?」
ルードの隣を歩きながら、呼びかけられたテミスが冷たく返す。そんなにも、他人が自信を喪失する所を拝みたいのか。どこの世界でも、無駄に自尊心だけは高い奴は居るものだ。
しかしルードは苦笑を浮かべながら、そんなテミスの内心を慮ったかのように言葉を続ける。
「皆。お前の事が心配だったんだよ。そりゃお前が思っているように、しおらしくなったお前さんを眺めたいって気持ちが無くはないだろうがな。……奴等もそんな、ゲスばっかじゃねぇさ」
「フン……ルード。お前は底が抜ける程にお人好しらしいな。連中にとって、私はいわば商売敵。居なくなってくれた方が清々するだろうに」
どこか懐かしむように目を細めて語ったルードに、テミスは鼻を鳴らしてそれを否定する。
ギルドの依頼と一口に言っても、その内容は多岐にわたる。勿論、その中には難易度に対して報酬の良い、所謂美味しい依頼もあれば、逆に難易度の割に報酬の少ない不味い依頼もある。そして、依頼は基本的に早い者勝ち。美味しい依頼を受注したい冒険者にとって、自分達の戦力にならない冒険者など一人でも少ない方が良い。少なくとも、ファントの冒険者ギルドはそうだった。
「ハハッ! おうよっ。俺は優しいからな! この取り柄のお陰で命だって救われた事もあるんだぜ? それに……何処のギルドの話をしてんのかは知らねぇが、少なくともこの辺りの冒険者ギルドに商売敵なんて言ってる余裕はねぇよ」
快活に笑った後で、周囲に集まった冒険者たちに目をやりながら、目を細めたルードが答えを返す。
「……それは、冒険者将校がらみか?」
「あぁ……」
「そうか……」
その答えに、テミスはしばしの沈黙の後で問いかけると、頷きを返したルードへ呟くように言葉を漏らす。
確かに、ファントの冒険者ギルドとは異なり、ここトラキアの冒険者ギルドの依頼板には、重なり合うほどの依頼書が所狭しと張り付けられていた。余程冒険者の数と依頼の量に開きが無ければ、あんな惨状にはならないだろう。
「…………」
「どうした? 黙り込んで。ホレ、着いたぞ。凱旋の時間だ」
「……あぁ」
辿り着いた冒険者ギルドの戸を開けたルードが、自らの身体を脇へと避けてテミスを手招きする。
しかし、単独で標的を倒した事を発表する、ある種の晴れ舞台であるにも関わらず、テミスの胸は重苦しい感情に支配されていた。
依頼が山積みになっている現状は、冒険者たちを徴兵し、その補填をしない国の責任だ。だが、今までの戦いの中で私は何人の人間を切ってきた? その中に、一体何人の元冒険者が居たのだろう。
つまるところ、間接的とはいえ、戦に出た冒険者達を帰らぬ者としたのは他でもない私だ。ならば魔王軍の敵である彼等にとって、現状の惨状を生み出しているのは私になるのだろう。
「これが半端者の宿命か……」
テミスはルードの招きに応じて、無言で冒険者ギルドへと足を踏み入れながら、口の中でボソリと零した。
敵である私にはどうにもならない問題だ。向ってくる兵士を殺さなければ、こちらが一方的に蹂躙されるのみ。しかし、ファントを守るため、悪辣を誅するために刃を振るえば、トラキアのように苦境に立たされる町が産まれてしまうだろう。
「ったく……浮き沈みの激しい奴だなぁ……まぁ、良いか……。さて! よく聞けお前等ァ!!」
ルードは沈痛な面持ちのテミスにため息を吐くが、まるで切り替えるかのようにニカリと笑った後、声量を上げて、ギルド中に響くほどの大声で冒険者たちに呼びかけた。
「今日! 新たな伝説が誕生した!! ギルド史上初! ダンシングスパイダーの単独討伐の達成だァッッ!」
「っ――!?」
その大声に驚いたテミスが顔を上げると、ルードの声の残響が残るギルド中の人間が、信じられないと言わんばかりの表情で、丸くした目をテミスへと向けていた。
「お――オイオイ……冗談はやめろって。確かに、花を持たせてやんのは良いと思うが――」
「――黙れ。それ以上続ければ、テミスが打ち立てた功績に唾を吐いたと見做すぞ」
「――っ!!」
未だ驚愕が過ぎ去らぬ沈黙の中で、テミス達の後ろをついてきていた冒険者の一人が茶々を入れるが、ルードの静かな怒りがその言葉に偽りがないことを裏付けた。
「じゃ……じゃあ……本当に……」
「ああ。この俺が確かに見届けた。テミスは確かに、俺の目の前でダンシングスパイダーを一人で討伐した!」
受付のカウンターの向こう側で、受付嬢が震える声で誰ともなしに問いかける。
そして、その問いを威勢よくルードが肯定した瞬間。
「ウオオオオオオオオッッ!!! 凄えええええぇぇぇぇぇっ!!」
ギルドの建物を揺らすほどに巨大な歓声が、トラキアの町に響き渡ったのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




