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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第8章

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277話 冒険者稼業の裏側

「……待たせたか?」

「いいや? イイ女との待ち合わせだ。もう少し待たされても良かったがな」


 冒険者ギルドでの騒動の翌朝。

 テミスはルードとの待ち合わせの場所である冒険者ギルドの建物前へ赴いていた。

 そこには既に、腕組みをして壁にもたれ掛るルードの姿があり、その周囲には見物人らしき野次馬の姿も数人見える。


「ホレ。約束通り嬢ちゃんは来たぞ。賭けは俺の勝ちだな」

「チッ……ルードさんの読みにゃ敵わねえや……てっきり、ビビって逃げ出すもんだと思ってたのによ……」

「ハハハッ! そんな肝っ玉ならこの俺に売られた喧嘩なんてハナっから買わねえわな!」


 テミスの眼前で、ルードは野次馬たちと豪胆な笑いを交わす。そして、まるで値踏みでもするかのようにテミスを見つめ、腰に提げた獲物で目を止める。


「業物……だな……」

「フン……アンタの腰の物には劣るがな」


 目を細めて呟いたルードの言葉を、テミスは鼻を鳴らして一笑に伏す。

 今、私が腰に提げているのは、雑貨屋の風貌を隠れ蓑に、ファントでひっそりと鍛冶屋を営む名工の打った逸品だ。良質な鉄を使って打たれたこの剣の切れ味は鋭く、刀身も粘り強い為折れにくい最高品質の物だと言えるだろう。

 だが、このルードという男が携える太刀は格が違う。

 テミスの持つ最強の剣であるブラックアダマンタイトの大剣のように、いくら匠が技を振るおうとも、その剣を構成する材質から大差がついていては、劣るのも無理は無いと言える。


「ハハハッ! コイツの凄さが解るだけで十分さ! そんだけ実力があるからこそ、長生きをして貰わなくちゃ困るんだよな」

「だからこそ、ダンシングスパイダーを使って懲らしめようと? ハッ……悪趣味な男だ」

「言うねぇ……。決めた。その顔を青くして泣き叫びながら助けを呼ぶまで助けてやらん」

「フン……そもそもお前の助けなど必要無い」


 意地悪く頬を緩めたルードに背を向けると、歩き始めながらテミスは冷たく言い放つ。そもそも、この男が付いてこなければ余裕だと言うのに……足枷の分際で煽り立てるとはなかなかどうして皮肉が効いている。


「ハハハッ! 良いねぇ! 自信満々じゃねぇの!」

「チッ……」


 しかし、ルードはテミスの苛立ちなど気にも留めていないかのように剛毅に笑いを上げると、その背を追って歩き出した。

 その視線の先。町の外を見据えたテミスの顔は、苛立ちに混じって苦悩の表情が見え隠れしていた。

 ダンシングスパイダーとやらがどれほど素早いかは知らんが、魔法による絨毯爆撃で逃げ場のない攻撃を続ければ、楽に勝てる筈だった。だが、ルード(邪魔者)が居たのではその手は使えない。


「ハッ……」


 テミスは皮肉気に息を吐くと、フル回転させていた思考を停止させる。

 昨日からずっと考え続けていたが結局、使える戦術は人間に見える範疇でのものに限られる。魔法を封じられ、月光斬をはじめとする能力依存の派手な技たちも使えない。ならばおのずと、取れる手段は限られてくる。


「一応忠告しとくが……」

「何だ……?」


 町を抜けてしばらく歩き、討伐対象であるダンシングスパイダーの生息地である岩場に差し掛かった時の事だった。町でのやり取りの後は一言も発さずに黙っていたルードがおもむろに口を開いた。


助けを叫ぶ(ギブアップ)は早目にしろよ。たとえ優秀でも、無駄に意地を張る奴は仲間を死地へ送り出す……お前がそんな奴なら、ここで喰われてくれた方がギルドの為なんでね」

「っ……!」


 言葉と共に、殺気にも似た気迫がテミスの背中に襲い掛かる。

 テミスは反射的に抜刀しそうになる身体を押さえつけながら、口元に笑みを張り付けてルードの方を振り返った。


「ハン……お前に助けを請う位ならば、魔獣に食われて死ぬ方がマシだ」

「ククッ……その威勢、いつまで続くかね……。魔獣に食われるってのは……そりゃ酷く痛ぇぞぉ……?」


 テミスの表情を虚勢と受け取ったのか、意地悪く口角を歪めたルードが脅すように言葉を並べ立てていく。


「奴等に慈悲なんて無ぇ。トドメを刺してから食って貰えるのは運が良い奴さ。基本は……そうさな。その柔けぇ腹を食い破って内臓を貪り喰い、流れ出る生き血を啜り上げる。当然。魔獣に負けた奴に抵抗する術なんて無ぇ……できる事はただ、泣き叫びながら自分の命が尽きるのを待つだけよ」


 ゾクリ……。と。妙な現実味(リアリティ)を帯びたルードの言葉に、テミスの背筋を悪寒が駆け巡る。

 魔獣は獣と同じだ。あちらの世界のハイエナやライオンといった捕食者が一撃で獲物を仕留めるのは、獲物を逃がさないため。現に、網を張る蜘蛛や蜂など獲物を捕らえる術を持つ捕食者は、捕らえた獲物をすぐには殺さず、生かしたまま貯蔵する習性を持つものも存在する。

 ならば、その捕食の対象が人間になったなら……?

 当然。脱出すら不可能な絶望の中で、捕食される痛みに叫びを上げながら、緩やかに死へと向かう己が運命を呪う事しかできないだろう。


「……悪なのは、宿主にされるヤツだな。知ってるか? 腹ン中に卵ブチ込まれて、拘束されたまま内側から化けモン共に食い破られンのを待つんだ……っと、脅し過ぎたか? 顔が真っ青だぜ……?」

「…………確かに。参考にはなった」


 饒舌に語り聞かせていたルードが言葉を切って笑いかけると、テミスはむっつりと頷いて応える。

 今語り聞かされた死因はきっと、以前本当にあった事なのだろう。その有り余る語り口の臨場感といい、ルードが実際に見て来た光景なのかもしれない。

 だが、今日この場でそんな凄惨な場面が繰り広げられる可能性は無い。何故なら、私は生粋の冒険者ではない。最悪、そのような場面に陥ったのならば、全力を出して脱出するだけだ。


「まぁ……要するに、意地張って死になさんなってこった。苦しんで、絶望して死ぬよりか、ちっと恥ずかしいだけのがマシさ」

「フン……」


 そう言って微笑んだルードから視線を逸らすと、テミスは鼻を鳴らして外套を翻した。

 私が助けを叫ぶことなど無い。たとえ、冒険者としての私が死ぬことになっても、生殺与奪をこのルードという男に明け渡すのは絶対に承服しかねる。


「まぁ見てろ。お前の心配は杞憂に終わるよ」


 その背に気遣わし気な視線を向けるルードに、テミスは自信満々に微笑みながら言い放ったのだった。その心に、完全に抵抗不能になる前に全力を出す事を誓いながら。

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