28話 明日へ
あれから2週間。
マーサの宿屋は、かつてテミスが転がり込んだ時以上の賑わいを見せていた。
その中心にいるのは、修羅の如き強さで町を救い、その敵を撃滅せしめた新しい軍団長だった。そこに、新たな客がもう一人。
「やあ。来たのかマグヌス。いらっしゃい」
「軍だ……はい、テミス様。ここの飯は何と言うか……本当に美味くて……」
「フフ……だろう?」
そう言って、少し得意気にマグヌスに笑ってみせる。マーサさんの作る食事はどう表現していいものかわからないが……心に沁みるんだ。
「では待ってい……コホン。いかんな。少々お待ちください」
マグヌスからオーダーを取り、染み付いた方の挨拶をしてカウンターへ行く、少しはこちらの形式の接客に慣れたと思った途端にこれだ。
あの後すぐに、マーサさんは部屋を用意してくれて私の逗留先が決定した。部屋を用意してくれたと言っても、二人に拾われた時に使わせてもらっていた部屋を、そのまま残しておいてくれたのだが。
「テーミスっ!」
「……ん?」
「ひひっ……なんでもないっ!」
すれ違いざまに、そう言いながら嬉しそうにほほ笑んだアリーシャが再び以前のように駆けていく。
それからしっかりとあたたかい食事をとって……その前にマーサには、軍団長様なんだからあんな風に泣きわめくんじゃないと叱られたんだっけ……。
だからもう、フルフェイスのヘルムは要らない。鍛冶屋には申し訳なかったけれど、打ち直してもらった剣を受け取った時に、サークレットにでもしてもらうように伝えておいた。
そして、食事の時にマーサさんに、空いている時間はまた以前みたいにお店を手伝わせて欲しいとお願いしたら快諾してくれた。
それからというもの、優秀な部下たちのお陰で――。もともとの仕事が単純なものばかりだという事もあるが、それを差し引いても主に、やけに張り切っているマグヌスのお陰で、今ではかなりの時間、こうして店先に立つ事ができていた。
「そういえばテミスちゃん、部隊の皆さんの方は大丈夫だったのか?」
カウンターに座っていたバニサスに声をかけられて立ち止まる。
「ええ。何やら不名誉なあだ名がついてしまったようですが……」
「眠れる剣姫ってか? そりゃ良い名だ。テミスちゃんがこうしてマーサさんの店で働いてるうちは平和なんだからな」
「では、鬼にならないように精進しなくてはなりませんね」
ガハハ! と盛大に笑ったバニサスに手を振り、マグヌスの食事を持って彼の席へ運んでいく。
「部隊に戦闘の話をしたのは不味かったでしょうか……?」
食事を並べていくと、バニサスとの会話が聞こえていたのか、申し訳なさそうな表情でバニサスが問いかけて来る。
「いいや、助かった。正直。不満を挙げる者に、直接実力を示してやるくらいしか思い付かなかったのでな」
「……部隊が新設した直後に壊滅するのは困ります」
「解っている。だから、助かったと言ったのだ。自分で吹聴する気も無かったし、それでは効果が無いからな。収めてくれたお前達には感謝しているよ」
「勿体ないお言葉……精進いたします」
ウェイトレスとして配膳をしながら、軍団長として会話をする。ちぐはぐな気もするけれど、やはり軍団長の私にかけられた言葉はしっかりと返さなくてはならない。
「それで、その後はどうなんだ?」
マグヌスと二人で賑やかな店内を眺めながら問いかける。食事を楽しむ彼等の中に、町の住民の他にも、部隊で見かけた顔がチラホラ見える。
「聞き及んでの通りです。皆、テミス様に甲冑を着せないよう奮闘しております」
「フッ……無理だけはするなよ。もう二度と後手に回りたくはない」
「ハッ! 心得ております」
今にも直立しかねないマグヌスに気が付き、頬を緩める。マグヌスもこんなフリル付きの軍団長に忠告されて、よくもまあ笑わずに居られるものだ。
「では、ごゆっくり」
肩を軽く叩いた後、軍団長モードを解いて一礼して、マグヌスの席を後にする。これから、軍団長とウェイトレスのギャップに、マグヌスが何処まで耐えられるのかを見てやるのも面白いかもしれない。
ちなみに、サキュドの奴は一回目で爆笑してくれた訳だが……。
「テミス~そろそろ看板、頼むよ!」
「はい!」
キッチンから響いてきたマーサの声にそう返すと、札を裏返すためにドアの外に出る。
「これで……良い」
札をひっくり返して満点の星々が瞬く夜空を見上げる。
なんだかんだで魔王の側に付いたけれど、魔王を見極めると決めた今やることは変わらない。
まだ、以前の自分みたいに正義の答えなんてものは見つかってないけれど、今の自分がわかる範囲の正義を貫こう。
大切な人達を護る事はきっと正しいし、皆が笑っている平和を守ることも正しいはず。
「……頑張ろう」
祈るように目を閉じた後、賑やかな店内に戻ったテミスの遥か頭上で、星たちが冷たく瞬いていた。
ひとまずここで第一部……というか第一章完結です。
続きも鋭意執筆中で、まだ少しばかり書き溜めてありますので、ひとまずはまだ毎日投稿が続きます。
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