268話 研ぎ澄まされゆく力
フリーディア達が町を去ってから数日の間。
テミスは執務室に籠り、大量の書類と格闘していた。
「……まぁ、こんな所か」
テミスは集めた書類に一通り目を通し終わると、うず高く積まれた書類の山の頂上へと放り投げる。
気紛れで始めた調べものだったが、こうして無数の書類を読み漁る中で、なかなかに面白い事もわかった。
「最後まで徹底抗戦をしていたのだから、てっきりドロシー寄りの思想の持主かと思ったが……」
手元に用意しておいた、すっかりと冷めたコーヒーに口をつけながらテミスは一人感想を呟いた。
テミスが調べていたのは、前任者……バルドと呼ばれる前・魔王軍第十三軍団の軍団長の事だった。
そして意外にも、バルドが遺した資料は多かった。だからこそ、こうして書庫から根こそぎ持ってきては中を検め、敵であったフリーディアやカルヴァスさえもが褒め称えるその勇将ぶりを拝めれば……等と思っていたのだが、几帳面にしたためられた書類は、まるでテミスが求めるのを待ちわびていたかの如く、多彩な情報をもたらしてくれた。
「市政の進め方は荒いし、軍事についての情報は古い……だが、ここまで中枢に迫っているのならば、利用価値は高いな……」
テミスは有用と判断した書類を手に取りながらひとりごちると、改めてその内容に目を通す。
そこには、ロンヴァルディア内政の勢力図やフリーディアの正体。そして、王宮へ抜ける隠し通路の出入口まで、幅広い情報が記されていた。
「っ……あぁ……っ! それにしても疲れたな……確かに、フリーディアの言う通り少しばかり体が鈍っているのかもしれん」
大きく伸びをしてテミスはそう嘯くと、体を反らしたまま、さんさんと陽光が差し込む窓の外へと視線を向ける。
時刻は恐らく、正午過ぎくらいだろう。この資料を調べ始めてからというもの、連日あがってくる僅かな書類仕事を、サキュドとマグヌスが奪い取って行ってしまったおかげで、バルドの資料を選別するのに集中する事ができた。もっとも、本当に私の確認が必要な書類は、後からマグヌス辺りが押し付けられて持ってくるのだろうが。
「さて……どうするかな……」
テミスは部屋の中へ視線を戻すと、息を吐いて呟いた。
確かに、最近戦闘も無い上に引きこもってばかりで鍛錬も怠っていた。そのせいか、身体が鈍っているのは間違いない。
「フム……少し体を動かすか……確か、ギルドに討伐依頼が出ていたな……」
そう考えつくや否や、テミスは片手剣を腰に提げると、冒険者として依頼を受けるべくギルドへと向かったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一方その頃。
「フッ……! ハァッ!!」
「ッ……! 甘いッ!!」
「クッ……!?」
激しい剣戟の音と共に、軍団詰め所の中庭を二つの影が所狭しと飛び回る。
片方は、赤い槍を手にした吸血鬼の幼女。姿こそ幼い子供のものだが、その体躯から繰り出される攻撃は鋭く、一撃一撃が地を、空気を切り裂いていた。
それに相対するのは、紅蓮の炎を纏った剣を掲げたマグヌスだった。
身軽に空を跳び回るサキュドとは対照的に力強く大地を駆け、その丸太の様な巨椀から繰り出される一撃は、いくらサキュドであってもまともに受ければただでは済まないだろう。
「フフッ……やるじゃない」
「フン……お前こそ、また腕を上げたな?」
刹那。二人はピタリと剣戟の手を止めると、不敵に笑い合いながら微笑を零した。
実力は伯仲。自らが強くなった分、目の前で立ち合っている相手もまた、その力量を上げている。常に傍らに立ち、切磋琢磨してきたからこそわかるその成長に、マグヌスも負けじと自らの実力を絞り出すべく構えを変える。
「双竜の構え……まさか、習得したの……?」
その構えをとった途端、顔色を変えたサキュドが大きく跳び下がり、上段に構えた槍の穂先を足元へと向ける防御の構えを取る。
それほどまでに、マグヌスの取った構えに隙は無く、その知名度も相まって圧倒的な迫力を相対するサキュドへと与えていた。
「フフ……中々に苦労したがどうにかな……。テミス様の剣たる我々が強く在らねば申し訳が立たぬというもの……!」
「確かに……そうね……」
「ッ――!!!」
サキュドはマグヌスの言葉に柔らかく微笑むと、自らもまた構えを変えてマグヌスを見据えた。その背後には、赤々と煌めく無数の魔法陣が展開され、そこから溢れ出る静謐な魔力が辺りへと漏れ溢れた。
ジャリィッ……。と。威圧感を受け止めるかの如く、マグヌスの足が地面を踏みしめ、驚きの口調で言葉を漏らす。
「エルマ・ヒュトス……お前は、血の盟約を嫌っていたのでは……?」
「貴方と同じよ……マグヌス。私だって、追いかける背中がある。そんなものに拘っていては、あの方の背中にはちっとも追い付けないわ!!」
「フム……」
サキュドが叫びを上げ、マグヌスが静かに頷く。
凄まじい威圧感を放つ両者の間に沈黙が忍び込み、町の喧騒をどこか遠くへと連れ去っていった。
――そして。
「……これ以上は、止めておこう。良い勝負だった」
「えぇ……そうね。でも、貴方を置いてきぼりにしていないようで良かったわ」
「笑止」
暫くの沈黙の後、マグヌスとサキュドはどちらともなく武器を納めると、歩み寄りながら互いの腕を称えあったのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




