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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第1章

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27話 戦士の境界

 凍り付いた空気の中、傅いたリョースが口を開く。


「身を弁えず、この場で意見を具申する愚をお許しください! そのお考えは……あまりにも危険です!」

「フム……? 何故だ」

「なっ……この者……テミスはギルティア様に反旗を翻すと公言しているのです! そのような人物を召し抱えるだけでなく、このような待遇まで……」

「リョース。お前は難しく考え過ぎなのだ。要は志を同じくする同志……私が正義を違えなければ良いだけの話だ。だろう?」


 ギルティアは平伏するリョースからチラリとテミスに視線を投げ、頷いたのを確認すると再びリョースへと視線を戻す。


「それに、待遇は相応の物だと思うが? 単騎でかの冒険将校を斃しただけではなく、あのバルドの仇も取ってくれたのだからな」

「っ……。それは……」

「それとも、私が掲げる正義が不安か?」


 ギルティアは口ごもるリョースに向けて、優し気な言葉と共にそう問いかける。


「そ……そのような事は決して……。短慮な考えで御身の覇道に異を唱えた事、いかなる処罰でも……」

「許す。お前の忠義は誰よりも私が知っている」

「寛大なお言葉……感謝いたします……」


 再度平伏したリョースはゆっくりと立ち上がり、無言で元の位置へと戻っていく。その目には真の忠臣たる光が宿っていた。


「リョースも納得した事だ。続けよう」

「っ……」


 改めてこちらを向き直ったギルティアに、ただ頷いて返す事しかできない。あの温もりと言う心の支えを失った私は、この男のカリスマに酔わず、どこまで自分の正義を貫けるのだろうか。


「ギルティア・ブラド・レクトールの名の元に、我が同志・テミスを第十三軍団軍団長に任命し、同旗下を完全独立部隊として認める」

「謹んで拝命しよう。同志ギルティア」

「ククッ……そちらの方がよい。慣れぬ口調で殿など付けるものだから、名を呼ばれる度にこそばゆくてかなわん」

「っ……他の軍団長から不満が出ても知らんぞ?」


 ギルティアは私のせめてもの抵抗を意味深な笑みで受け流し、続けて口を開く。


「続いてだ。十三軍団にファントへの駐留と防衛、同時に復興を依頼したい」

「喜んで引き受けよう」

「結構。では、戻るとしよう。行くぞリョース」

「はっ」


 ギルティアに合わせてぎこちない笑みを浮かべると、ニヤリと笑ったギルティアはそのまま戸口へと進んでいく。


「ああ。そうだ」


 リョースと共に廊下へと出た所で、ギルティアが振り返ってひょこりと顔だけを執務室に覗かせる。 


「十三軍団は後日こちらに送るから宿舎の手配を忘れるなよ? それと、お前の剣と鎧はリョースの部隊にでも預けると良い。疾く打ち直させて届けさせよう」


 最後に悪戯っぽい笑みを残してギルティアの顔が引っ込み、今度こそ気配が去っていった。


「っ……改めまして、マグヌス・ド・ハイドラグラムです。若輩者ですが、よろしくお願いいたします」

「サキュド・ツェペシ。改めてよろしくお願いするわ。軍団長?」

「ん……? ああ、そうか。こちらこそ、よろしく頼む」


 急に頭を下げられて戸惑うが、すぐに得心がいく。そういえば仮称で第十三独立先遣隊とか言ってたな……。


「では、諸々手配をしてまいります。戻るまでに甲冑を外してまとめておいていただけると……」

「あ……ああ、頼む」


 急にテキパキと動き出したマグヌスに戸惑いながら、言われたとおりに甲冑を外していく。この町を出て以来、動き通しだったが……これで少しは落ち着くだろうか?

 ――なんて考えていたはずだったのに。



 3日後。この町を出た時の服装のままで、テミスは復興作業の続くファントの町を歩いていた。驚くことに、町並みはまだダメージが残るが、その活気はいささかも衰えていなかった。

 ――けれど。


「テ、テミス様! この度は我々を救っていただきありがとうございます!」

「テミス様! 軍団長のご就任、おめでとうございます!」


 町行く人々から向けられる視線は恐怖と羨望の入り混じった、居心地の悪いものになってしまっていた。


「ああ。ああ……。ありがとう」

「っ……わざわざ下手な小芝居を打ってまでここに来させるとは……」


 テミスは町の住人の声を適当に捌きながら、マーサの宿屋を目前にして、今朝の事を思い出す。


 仕事中……とは言ってもマーサやアリーシャの事が気がかりで全く身が入ってはいなかったのだが。ともあれ、仕事中にサキュドが執務室に飛び込んできて……。


「軍団長! 宿舎のベッドが固すぎます!」

「はっ……? そう言われてもな……」


 そもそも、私に備品であるベッドの文句を言われてもどうしようもないのだが……。ここ数日ですっかりと定着した、ワガママを言うサキュドを諫めるマグヌス、という構図に頼ろうとマグヌスに視線を送る。


「確かに。あれ程の固さとなれば我々はともかく、サキュドのような乙女には酷というもの」

「はっ……? おと……? マグ……ヌス……? お前まで何を……?」


 目を丸くしたテミスが、油の切れた機械人形のような動きでマグヌスを振り返る。

 いま、コイツは何と言った? あの喧嘩ばかりしているサキュドに対して、マグヌスが乙女だと?


「軍団長! 軍団長のベッドは!? 固くないですか?」

「いや……気にした事も……」


 思わず、執務室から直接繋がっている、広い仮眠室のような指揮官私室に続く扉へ視線を送りながら気圧されてしまう。


「見せてください!」

「は? ああ、構わないが……」


 言うが早いか、サキュドが指揮官私室のドアを開けて駆け込むと、バフッというベッドに飛び込んだ音が聞えて来た。


「わぁぁぁぁ! フッカフカじゃないですか! ズルい! 私ここがいいです!」

「そう……なのか? 別に変わらんと思うが……」

「変わります! 変わるんです!」


 苦笑いを隠しきれていないマグヌスを連れて、眉をひそめながらサキュドの後を追って自室に入ると、ベッドの上に座ったサキュドの猛抗議が待っていた。


「まぁ……そう言うのなら構わんが……じゃあ私はサキュドが今使っている部屋で……」

「なりません」

「ま……マグヌス? どうし……いや、どういう事だ?」

「軍団長殿が一般士官の部屋を使うなど、十三軍団の沽券に関わります」


 真面目くさった顔でマグヌスが詰め寄ってくるが、なら私はどこで休めと言うのか。


「軍団長はファントにお家、あるんでしょ? 朝の雑事は私達でやっておくから、軍団長殿はゆっくりと朝の時間をお過ごしくださいませ?」

「っ……」



 そんなこんなで、今日一番の良い笑顔でそう告げたサキュドとマグヌスに、私は半ば追い出される形で駐留所を後にしたんだ。


「まぁ、マグヌスもグル……だろうな」


 記憶の世界から意識を戻して、マーサの宿屋を見上げてひとりごちる。集中できていなかったのは自覚しているし、気を回してくれたのも理解できるが、これでは針のムシロに突き落とされた気分だ。


「っ……」


 意を決して扉に手をかける。ドクドクと早鐘の様に鼓動する心臓が、今にも口から飛び出てきそうだ。


 中に入ると丁度マーサはカウンターに居て、昼時を終えた店内に残ったバニサス一行とアリーシャが楽しそうに談笑していた。


「いらっし……あっ! テミ――」

「いらっしゃいませ。ようこそおいで下さいました軍団長閣下」

「っ……」


 入店した私の方を振り向いて、笑顔を浮かべたアリーシャを遮って向けられた、マーサの言葉が胸に突き刺さる。


 ――ほらみろ。やはりこうなる。


 胸の中で死んだはずの男の声が響き渡る。


 ――お前はこうなると解っていたはずだ。何を悲しむ事がある?

 ――うるさい。


 胸に響く冷たい声を封殺して、恐怖と緊張にふるえる喉をこじ開ける。


「……その。部下に……いや……」


 寸前の所でマグヌスの言葉を思い出す。例え芝居だとは言え、軍団長が部下に寝床を追いやられたなど知らせるべきではないだろう。それに、そんな軍団長として取り繕った理由で彼女たちが納得するはずもない。


「部下に……なんだい?」


 マーサの目が細まり、店内の空気が重く静まり返った。


「いや、違うんだ……またここに……宿泊させては貰えないだろうか?」

「……駐留軍には詰め所があるだろう?」

「っ……そう……です……が」


 恐ろしいほど冷え切ったマーサの言葉に、声が震え押し殺していた嗚咽までもが出てきてしまう。やはり私は血濡れた軍団長……これ以上を望むのは……。

 酷く息が苦しくて、無意識に手を胸へと持って行く。


「っ……」


 情けなく震える手が固い何かに触れた。不思議と温かく感じる、アリーシャのくれたペンダントに。

 そうだ。何を怯えることがある? この冷たい態度は私が取らせているものだ。歪む視界に映る腕を組んだマーサの手は、あんなに固く握られているじゃないか。


「私が……泊まりたいんだ……帰りたいんです……」


 言葉を紡いだ瞬間。涙をせき止めていた何かが崩れ、大粒の涙が頬を伝う。


「頑張ったんだ……町は壊れちゃったけど……頑張ったんだよ? だから、そんな……目で……見ない……で……くれ……」


 涙と共に、永い間封印していた弱い心までまろび出て来て、訳が分からなくなる。涙と共にこの悲しみが薄れたら、私の心には何が残るのだろう?

 心の中に押し寄せる黒い何かに恐怖し、ぐらりと足元が揺らぐ。だから、避けていたのに。親しかった人達に直接冷たくされて……耐えられる訳がない。


「悪かった」

「えっ?」


 床にへたり込みそうになる寸前で、温かい声と共に力強い手に肩を支えられた。


「アンタが変わっちまったのか……それとも無理して気ぃ張ってるだけなのか……アタシは確かめなきゃいけなかった」

「どう……いう……」


 マーサに抱えられるようにして近くの席へ座らせられると、マーサが皆の方へと歩いていって横に並ぶ。

 ――そして。示し合わせたように頷き合うと。


「おかえり。テミス」


 笑顔と共に、私を迎えてくれて、嬉しさのあまりまた涙が溢れてくる。


「ただいま……ただいまっ! 姉さん、母さんっ!」


 数分後。優しげな笑みと共にゆっくりと店から出てきたバニサス達が、OPENと書かれた札を裏返して、泣きじゃくる声の響く店に背を向けて歩き出す。


 その目には優しさと安心、そして溢れんばかりの闘志が燃えていた。

8/21 誤字修正しました

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