258話 不死鳥の蒼焔
「私達がフリーディア達を保護する間も殊勝に待っているとは……私達も舐められたものだな?」
ライゼルを背後の部下に任せたテミスはサージルに振り返ると、ニヤリと大きく頬を歪めて口を開く。
「チッ……いちいち癇に障る女だ……」
「ククッ……」
その言葉に、憮然とした表情でサージルが吐き捨てると、テミスは得意気な笑みを浮かべた。
反魂呪殺。テミスが自らの能力を以て、顕現させた力だ。その効果は、テミスを対象とした全ての状態異常効果を相殺する力。この能力の便利な所は、あくまでも相殺している事。この技を持つ呪術師は、無限の呪いを用いて呪殺を狙う相手をガス欠に追い込んで倒していたが……。
「……どうやら、そう上手く事は運ばんらしい」
テミスが小さく呟くと、その視線の先でサージルが大剣を正眼に構えて睨みを利かせていた。
「フム……」
小さく息を吐き、テミスはサージルを観察すると、一つの仮説を立てる。
もしも仮に、私の能力がドロシーとの戦いで変化したように、奴の能力もまた、私との戦いで成長したのだとしたら……。
「……厄介だな」
ボソリと。テミスは導き出した結論に呻くように言葉を漏らす。
私の事例から鑑みても、奴が新しい能力を得ていたのならば、強化・妨害系の能力に類似する能力のはずだ。
だが、そう断定するには前例が少な過ぎる。
それに、私はあの時……確かにこの男の心臓を貫いたはず……。脈動しながら滝のように流れ出る血を確認し、致命傷であると判断したからこそ退いたのだが。
「……慎重に行くか」
テミスはそう零すと、じりじりと距離を詰めてくるサージルを見据えて心を決める。相手の能力が不確かなものになった以上、無茶をするべき場面ではない。
「燃えろ。燃え上がれ。燃やし尽くせッ!」
「っ――!」
言葉と共に蒼い炎がテミスの身を包み、凄まじい熱量を周囲へと放ち始める。その揺らめく蒼炎は徐々に形を変え、まるで翼のような形に収束した。
「蒼い……不死鳥……だと……っ?」
相対するサージルが目を見開き、その姿に生唾を飲む。
周囲でその様子を眺める兵士たちも、その熱量に気圧されながら、禍々しくも美しいテミスの姿に視線を奪われていた。
「ああ。死を運ぶ青き不死鳥。名をフェネクス。そして……」
ヴォウッ……! と。言葉と共にテミスが掌を差し出した途端。その身に纏う炎が燃え上がり、差し出した手に大きな火柱が燃え上がる。
そして、燃え上がった火柱は翼と同じように徐々に形を変えると、蒼く燃え滾る長弓となってテミスの手に収まった。
「蒼炎弓ヴァンドラ。災禍を焼き尽くし、灰燼に帰す焔の弓だ」
テミスは手に収まった弓を構え、空いた右手……馬手を何も無い傍らの宙空へと差し出す。
刹那。羽から幾筋もの細い炎がテミスの右手へと集まり、みるみるうちに蒼い炎が矢の形を形成した。
「派手なパフォーマンスだ。せいぜい、見掛け倒しでない事を祈るよ」
「フフ……」
じりじりと近付いていたサージルが構えを変えるのを眺めながら、テミスはその言葉に小さく笑みを漏らす。
相対して居るサージルが、この力を見まごうことなどあり得ない。現に奴はその構えを守りへと変え、こちらの出方を窺っている。おおかた、初撃を躱すか耐えるかして切り込むつもりなのだろう。
「安心しろ。弾は幾らでもある」
「っ――!!」
蒼い炎に照らされたテミスは一言そう告げると、笑みを深めて生成した矢を弓へと番えた。瞬間。その背の翼が大きく揺らめき、番えた矢がゆらゆらと揺らめき始める。
「燃やせ……全ての罪を、全ての不浄を……その蒼き焔にて灰燼と帰せッ!」
「ムゥッ……!?」
「クッ……」
テミスが口上を述べると、その身から溢れ出る炎は更に圧を増し、周囲へと溢れ出す。それは、テミスの持つ炎弓も例外では無く、燃え上がった炎はまるで一羽の鳥が翼を広げているかの如く輝きを放った。
直後。
テミスの指が僅かに動き、音も無く離された弦からは無数の青い炎の矢が射出される。
「クッ……オオオオオォォォォォォッッ!!」
刹那。サージルの姿は悲鳴にも似た雄叫びと共に蒼い炎の中へと呑まれた。しかし、テミスの手元から放たれる矢は止まることは無く、群青の奔流となって燃え盛る蒼炎の中へと注がれ続けた。
「……フン」
燃え盛る炎が周囲を照らし、火柱となって天を焦がし始めた頃。小さく鼻を鳴らしたテミスがようやく射撃を止め、その手を降ろす。
それでも尚、射放たれた炎は立ち上り続け、その渦中からは既に雄叫びさえも聞こえなくなっていた。
「テミス……君は……」
驚愕の表情でその背を眺めるルギウスの声を無視して、テミスは無言で自らが生み出した蒼い火柱へと歩み寄っていく。周囲の兵達も最早、その光景をただ眺める事しかできず、石畳に響く軍靴の音だけが不気味に町に響き渡ったのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




