255話 背中を刺す刃
「……一応聞いておこうか。これは、何のつもりだい? ライゼル」
絶望が支配した戦場に、サージルの静かな声が響き渡る。
完全にその背後を取っているライゼルの手には漆黒の大鎌が握られており、その切先はギロチンの刃が如くサージルの喉元に差し込まれていた。
「何のつもりも、どういう意味も……君の問いに答える義務は無いね。……強いて言うなら……その薄汚い手をとっとと放せ」
「――っ!!!」
ライゼルは語気を突如として荒いものへと変え、サージルの腕を切り裂かんと鋭く大鎌を引いた。
しかし。その刃が肉を裂く寸前。サージルはフリーディアの腕を捻り上げていた手を離し、漆黒の刃の顎から脱出する。
それは、同時にフリーディアの身が解放されたことを意味していた。
「っ……! ライゼル! 話は後で訊くわ! 今は――!!」
ジャリッ……と。地面に転がる剣を手にしたフリーディアに、ライゼルの影が覆い被さる。その光景はさながら、騎士が姫をその背で守っているものであり、決してこれから共に戦うというようなものではなかった。
「フリーディア様。ご無理をなさらず。あのテミスでさえ、万全の備えをして尚、討ち漏らしたのです。ここは俺が……」
「でもっ――ぐぅっ……!!」
「ムッ……!!」
ガギィンッ! と。フリーディアの反論を打ち消すように、無言で飛び掛かったサージルの振り下ろした大剣が、ライゼルの大鎌と火花を散らせる。
「やれやれ……無粋ですね。こちらは話し中なのですが……」
「無粋も何もここは戦場。ライゼル。お前も女神様の意思に背く裏切者だとわかった以上。この場で処刑する!」
「ハッ……裏切り?」
「ッ――!? チィッ!!」
キュィンッ! と。奇妙な音と共にライゼルの懐から放たれた輝くカードが宙を舞い、鍔迫り合いを演じるサージルの胴を狙う。
だが、その一部始終を視界に収めていたサージルは、鍔迫り合いを放棄して後方へ跳び下がり、それを回避する。
「裏切りとは、いったい何のことでしょう?」
ライゼルは不敵な笑みと共に自由になった大鎌を回し、その石突をサージルに向けて構えて言葉を続けた。
「後にも先にも、僕は白翼騎士団が一翼。フリーディア様の剣。騎士。ライゼル・シュピナーですが……」
「ハハッ……仲間を罵倒した口でよく言えたものだな。ライゼル。のらりくらりと陣営を変えるのは勝手だが、忠誠の無いお前を、奴等が受け入れるかな?」
「ご心配どうも……。タネは満載。仕掛けは累々ですから」
皮肉気に唇を吊り上げたサージルの挑発を、ライゼルは涼し気な笑みで受け流す。
そもそも、白翼騎士団がこの場に居る時点で、ライゼルの賭けは成功していたのだ。
「思い出してくれて助かりましたよ、カルヴァス副隊長……あとついでに、ミュルク君も」
フリーディアを背に庇ったまま、ライゼルはサージルの後方から驚きの表情で状況を眺めていた二人に声をかけた。彼が差し出したカードの意味に気付いて居なければ、この作戦は失敗していただろう。
「バッ――お前ッ! 俺達は本当に裏切ったんじゃないかとッ……!」
「魔術師のカードは慧眼と嘘を司るカード。そして……」
「っ…………。……」
「悪魔が示すのは裏切り。フフ……しかし、状況が少し変わりまして。それに、あなた達では今のサージルに向かっていった所で太刀打ちできません」
自らの正面で睨みを効かせるサージルの頭を越えて、ミュルクとライゼル、そしてカルヴァスが言葉を交わす。しかし、ライゼルの大鎌は油断なくサージルに向けられており、サージルもまたライゼルを睨み付けたまま、退いたその場で大剣を構えていた。
「フリーディア様。お下がりください。その症状が収まるまで、少し時間がかかります」
「くっ……でもっ!」
「お聞き分け下さい。いくら僕でも、貴女を守りながらこいつと戦うのは不可能です」
「……わかったわ」
不意に訪れた静寂の中で、ライゼルがフリーディアを説き伏せる。その光景を、サージルはギラギラと睨み付けながらも、徐々にその表情を怪訝なものへと変化させていく。
「おや。どうしました? 顔色が悪いようですが……」
「お前……どうやって……?」
「フフ……やっと気付きましたか。まぁ、お陰でフリーディア様を離脱させる事ができましたが」
白々しく問いかけるライゼルに、サージルが低い唸り声で悔し気に問いかける。
サージルとて、黙って会話を許すほど楽天家では無かった。サージルは既に、ライゼルに向けて呪詛を放っていたのだ。
「不思議ですか? 何故、僕に君の状態異常が効かないのか……」
得意気に大鎌で空を裂いたライゼルは、数歩サージルの方へと歩を進めると、ニヤリと笑みを浮かべて言葉を続ける。
「わかると思うのですがね。君のそのチカラが女神に選ばれた勇者のものであるならば、僕が持つこの魔法も……」
そして、途中で言葉を切り、宙を漂う一枚のカードがライゼルの差し出した手の中に納まった。
「審判。このカードが示す意は回復……君の力は、既に僕も知っているからね。どんなゲームでもそうさ。受けた状態異常は回復しなくちゃ」
「グック……」
掌の上でカードを遊ばせた後、歯噛みするサージルに、ライゼルは余裕の笑みを向けながらそのカードを宙へと戻す。
「ライゼルッ! お前……お前……テミスへの憎しみをも捨て去ると言うのか! 仲間の仇を忘れて安穏と生きる道を選ぶとは、確かにお前らしくてお似合いだなぁ!」
「……」
ぴくり。と。
苦し紛れに言い放ったサージルの言葉に、ライゼルの眉が跳ね上がる。同時に、その手に握る大鎌がギチリと音を立てた。
「……解らないだろうな。お前には」
「何がだ? 仲間の誇りを棄てて、自分だけ甘い汁を吸う卑怯者の事など、理解しようとも思わんなァ!」
嘲りの言葉を投げつけると、サージルは大剣を大仰に構えて、嫌らしい笑みを浮かべた。その姿は誰が見ても、ライゼルの攻撃を誘っていた。
「仲間の夢と誇りを守る為ならば……その希望を託した恩人の夢を叶える為ならば……無限の汚濁すら飲み干せるこの覚悟など、わかるはずも無いッ!!!」
ライゼルは高らかにそう吠えると、大鎌を構えて真正面からサージルへと斬りかかっていったのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




