253話 胸に誇りをその手に剣を
「カルヴァス! あなたは第二、第三分隊を指揮して後続を叩きなさい! 私以外の第一分隊と第四分隊は保護した人たちを護るのよ!」
「ハッ! フリーディア様、ご武運をッ!」
鋭く発せられたフリーディアの命令に従い、騎士達が一糸乱れぬ動きで陣形を変えていく。その機敏な動きは白翼騎士団の高い練度を示しており、人類最強の名を冠する部隊と相対するアストライア聖国軍に動揺が広がっていく。
「斬り込めェッ!」
「リット・ミュルク!! 推して参るッッ!!」
カルヴァスの号令と共に、颯爽と飛び出したミュルクが名乗りを上げ、アストライア聖国軍の兵達に真正面から斬り込んだ。
……しかし。
テミス達との戦いで疲弊した兵達をむざむざと失う事を許容する程、サージルも甘くは無かった。
「ライゼル!」
「ハハッ……! 馬鹿がッ! ライゼルは――」
「――やれやれ。仕方がありませんね」
「なっ……!?」
白翼騎士団の先頭を駆けるミュルクが得意気な笑みを浮かべた瞬間。その言葉を遮ったライゼルが、薄い笑みと共にその前に立ちはだかる。
「……ですが、相手はあのテミスと互角に渡り合ったフリーディアです。今の貴方で勝てるのですか?」
「ハッ……君ほどの者が当たり前の事を聞かないで欲しいね。ライゼル」
「っ――!?」
その背にカードを展開したライゼルが問いかけると、サージルは凶悪に頬を歪めてその問いを笑い飛ばす。
「僕は一度、そのテミスに勝っているんだよ?」
言葉と共に、大剣を抜き放ったサージルが能力を発動させ、アストライア聖国軍の兵士達には力が、そして、一人でサージルと対峙するフリーディアには状態異常の呪いが襲い掛かった。
「ぐっ……これ……はっ……?」
ガシャリ。と。突如その体を襲った不快感に、フリーディアは膝を付いてその場に蹲った。噴き出す冷や汗を律し、震える膝に活を入れ、自らの剣を杖として何とか立ち上がろうと足掻くが、その身に課された呪いが苦痛となってフリーディアの手足を萎えさせていた。
「クク……ハハハハッ! それは呪いさ。僕は同じ失敗は二度としない主義なんでね……驕り無く躊躇い無くやらせて貰いますよォ!!」
「クッ……卑劣なッ!」
「駄目ですよ。ミュルク……君の相手は僕だ」
高笑いと共に、サージルは膝を付いたフリーディアに向けてゆっくりと歩み寄る。主の危機に即応し、踵を返そうとしたミュルクも、ライゼルによってその行く手を封じられてしまう。
「ふざける場合かライゼルッ! フリーディア様がッ!」
「……僕が知った事ではないね」
「貴ッ……様ァァァァァァッッ!!!」
その言葉にライゼルは一瞬だけ沈黙すると、冷たい視線をミュルクへと浴びせながら吐き捨てるように言い放った。瞬間。激高したミュルクが咆哮をあげてライゼルへと切りかかる。
「お前はッ! お前は絶対ッ! 俺が斬るッ!!」
「フッ……無理だよ。君程度ではね」
荒々しい言葉とは裏腹に、ミュルクの斬撃はライゼルの首、胸、腹と。正確に急所を狙って放たれていた。しかし、その白刃は薄笑いを浮かべるライゼルの肌を捉える事は無く、甲高い風切り音だけが鋭く響いていた。
――しかし。
「カルヴァス副隊長ォ!! フリーディア様をッ!! この裏切り者は俺が抑えますッ!!!」
「――ッ! 任せるッ!」
斬撃を躱し続けるライゼルを睨み付けながら叫びを上げ、頷いたカルヴァスが弾かれたようにフリーディアの元へ向けて駆け出した。
「――遅い」
「っ……!!!」
だが既にサージルはフリーディアの間近まで迫っていた。その手に輝く白い大剣を掲げ、跪いたフリーディアへとその凶刃の狙いを定める。
「後から逝くテミスにも是非伝えてやってくださいな……君のお陰で、君の宿敵に勝つことができた……と」
サージルは勝ち誇った笑みでそう告げた後、渾身の力を込めて眼下のフリーディアへ向けて大剣を振り下ろした。
刹那。黄金の髪が宙を舞い、サージルの胸板に軽い衝撃が打ち付けられる。
「っな――!?」
「ヤァッ……!!」
「んッ……ゴハァッ!?」
驚きの言葉を紡ぎ切る前に。サージルの視界は気持ちの悪い浮遊感と共にぐるりと回転し、その背を凄まじい衝撃が貫いた。
「フ……フリーディア様……」
「確か、こんな感じよね……。練習した甲斐があったわ」
「ゲホッ! ゴホッ……い、今のはッ……!!」
フリーディアの元に駆け寄ったカルヴァスが、唖然とした表情で地面に叩き付けられたサージルを眺める。その傍らでは、フラフラと覚束ない足で立つフリーディアが、得意気な笑みを浮かべていた。
「セオ……イナゲ……だったかしら? 一度受けただけだったからコツを掴むのに苦労していたけれど……。そう……力で投げ飛ばすのではないのね……」
フリーディアはそう呟くと、軽い音を立てて地面に突き立っていた自分の剣を抜くと、ゆらりと体を揺らして正眼に構えた。
「そんな……馬鹿な……グッ……僕の呪いが……効いていない……!?」
「まさか」
投げ飛ばされたサージルが立ち上がりながら零すと、歯を食いしばったフリーディアは黄金の髪を風に揺らしながら事も無げに口を開く。
「今だって凄く気持ち悪いし眩暈もする。正直、泣きそうなくらいに酷い有様だわ」
「っ――!! なら、何故お前は動けるんだッ!!」
悲鳴のような叫び声をあげたサージルに、フリーディアはただ静かに笑みを零し、まるでそれが常識であるかのように断ち切られた言葉の続きを口にする。
「こちとら、常に前線を駆けずり回ってるんだもの……斬られれば痛いし、熱が出る日だってあったわ。それでも、敵は待ってくれる訳がない。なら戦うしか無いでしょうッ!!! 私は騎士……護るべきものを前にして、この程度の苦痛で膝を付いてなるものですかッ!」
「うぅっ……!?」
気迫を纏ったフリーディアの咆哮が戦場と化した町に響き渡り、そこで戦う兵士達の顔が雄々しく輝き始める。
それは、白翼の騎士達に限った事ではなく、彼等と剣を交えているアストライア聖国の兵士たちも同様に、まるでフリーディアに激励を受けたかのごとく漲っていた。
「カルヴァス。こちらは私一人で大丈夫。あなたはアストライアの兵を抑えなさい」
「ハッ!」
その大気をも震わせる咆哮に怯んだサージルが後ずさると、その隙を見逃さずにフリーディアはカルヴァスに視線を送り、溢れんばかりの自信と共に命令を告げたのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




