248話 打ち棄てられた狂信者
「なん……でっ……?」
苦悶と驚愕で顔を歪めながら、胸を穿たれたサージルの身体がゆっくりと地面へと倒れ込んでいく。
「下らん幕切れだ……」
その姿を横目で眺めながら、テミスはつまらなさそうにぼそりと呟いた。
単純明快な話だ。強化されるというのならば、それを前提に戦略を組み立てればいいし、こちらの行動が阻害されるというのならば、阻害されて尚致命打を与える事のできる戦い方をすれば良いだけだ。
「どいつもこいつも、馬鹿ばかりだ」
一歩。また一歩と。地に伏したサージルに背を向けて離れながら、テミスは大剣を納めてひとりごちる。
サージルの能力はそもそも、自らが切り結ぶ類のものではないし、人々の上に立てるような力でもない。その能力を適切に運用するのであれば、フリーディアのような強力な将兵の傍らで、仲間達を強化し敵を弱らせる役目……所謂、宰相や軍師と言った裏方のポジションが正解だろう。
「ある意味では……奴も被害者と言う訳か……」
女神に焚き付けられ、自らが勇者であると思い込んだが故に道を誤った。故にサージルは国を興すまで狂信的に女神を信奉し、その結果私に切り伏せられたのだ。
「ハッ……これではあの女神そのものが、この世界に混乱と殺戮を振りまいている張本人に思えてくるな……」
嘲笑と共に、テミスは自らを蝕む倦怠感が徐々に薄れていくのを感じながら、今もライゼルと戦っているであろうルギウスの元へと足を向ける。
尤も、誇り高いルギウスの事だ。加勢しようにも断られかねんがな……。
「――っ!?」
しかし、ほんの一瞬。テミスの気が緩んだ間隙を突いて、その攻撃は仕掛けられた。
「ぐぶっ……ぐっ……プッ! ……く……そッ……!」
ぐらり。と。突如として再び襲い掛かってきた倦怠感に、テミスの身体が大きく傾ぎ、僅かに口腔まで吐き戻した胃液を傍らに吐き捨てる。同時に、踏み出した足がガクガクと力なく震え、ガシャリと言う派手な音を立ててテミスはその場に膝を付いた。
「許……さないっ……!!」
「くっ……化け物めッ!!!」
ズルリという気色の悪い音と共に、テミスは自らの背後で悍ましい気配が立ち上がるのを知覚した。しかし、その身を蝕むサージルの呪いが、テミスの身体を鉛のように鈍重にしていた。
「テ……ミス……! う……うう……うらっ……裏切り者ッッ!!」
「ぐぅッ……!!!」
テミスは背に受けた衝撃で地面を転がり、初めてその視界に再び立ち上がったサージルの姿を捉えた。
少年のあどけなさを残した端正な顔は憎悪と苦痛に歪み、テミスの闇に抉られた胸からはだくだくと止めどなく血が流れ出て、彼の白い服を血で染めている。しかし、その血走った目はただ一点。テミスにのみ向けられており、まるで涙のようにその顔を濡らす彼の血液が、常軌を逸した執念を体現していた。
「クッ……確かに心臓を貫いたはずッ……。何故立てる……何故動けるッ!? お前は人間では――ごゥッ……!」
テミスの問いかけを歯牙にもかけず、地面に這いつくばるその腹をサージルは容赦なく蹴り上げた。強化されたその脚力によって放たれた一撃は、テミスをサッカーボールのように弾き飛ばし、数メートル離れた位置へと移動させる。
「ガハッ……ゴホッ……何……なんだアイツは……」
悪態を吐きながら、テミスは揺れる視界や自らの腹を貫いた痛みを押し殺し、力を振り絞って体を持ち上げる。しかし、全霊の力を振り絞っても体は僅かにしか動かず、辛うじて首をもたげさせる事ができただけだった。
「止むを得ん……か……」
ゆらゆらと、まるでゾンビのような足取りで近付いて来るサージルを視界に収めながら、テミスは冷静に状況を分析する。
胸の傷の出血を見ても明らかにあれは致命傷だ。恐らく、奴は今。その狂信的な信心を以て意識に似た執念を保っているだけに過ぎない。いずれにせよ、その命は持って数分……。ならば、私がやるべきことは一つだ。
「闇よ。我が身を包みて帳を降ろせ」
与えた傷は間違いなく致命傷。捨て置いてもいずれ死ぬ命ならば、わざわざ無理をして止めを刺す必要は無い。そう結論を出したテミスは呪文を紡ぎ、能力を発動させる。
「ギ……アァッ……!!」
「フン……哀れな……」
詠唱が完了した直後。テミスの身体を闇が包み込み、ゆっくりと宙へ浮かび上がっていく。そして、その闇が完全にテミスの身体を包み込む直前。テミスは悍ましい執念の目で自らを見上げたサージルを一瞥して呟いたのだった。




