245話 血路を駆けて
ラズール平原では、二つの軍勢が急速に距離を詰め、今にも正面から衝突しようとしていた。
一方は、統一された白い鎧で、一心不乱に前へと突き進むアストライア聖国軍。それに対するのは、黒い鎧に身を包む兵士と、白銀の鎧に身を包む兵が混在した魔王軍第五・第十三混成軍団だった。
「行くぞルギウスッ!」
「ああっ!」
テミスの号令と共に、混成軍団の先頭から一個小隊が突出して駆け出した。その先頭を駆けるのは漆黒の鎧に身を包んだ第十三軍団の軍団長・テミスと、白銀の甲冑に身を包んだ第五軍団長・ルギウスだった。
「一点突破だ!! 雑魚は任せるぞッ!」
「ハッ!」
「ウフフッ! あまり長引かせると、お邪魔しちゃいますよ?」
更に速度を上げて疾駆する小隊が鶴翼の形に陣形を変え、右翼前方をサキュド、左翼前方をマグヌスがせり上がる。
「抜かせッ! 道を開くぞッ!!」
テミスはサキュドの軽口を一笑に伏すと、大剣を構えて凶暴な笑みを漏らす。同時に、刀を番えたかのような格好で構えられた刀身が白く輝きはじめた。
「加減は抜きだッ! 狂信者共を斬り払え! 月光斬ッッ!!!」
咆哮と共に放たれた巨大な斬撃が一直線にアストライア聖国軍へと突き進み、躱す事すらせず特攻を続ける聖国軍の兵士たちをまとめて切り裂いて進んでいく。
「後は任せる!」
「ご武運をッ!」
テミスは一言だけ言い残すと、まるで鮮血で彩られたレッドカーペットの如く、軍勢の真ん中に拓いた道に飛び込んだ。そして、その背を追うように半瞬遅れてルギウスが続き、足を止めたサキュドとマグヌスがこじ開けられた道を維持するかのように左右の兵と切り結ぶ。
「……外れか?」
「いや……」
敵兵を切り裂きながら進む斬撃を追いながらテミスが呟いた瞬間。バヂィッ! と言う派手な破裂音と共に、先行していた斬撃が霧散した。
「来たかッ!」
刹那。放り投げられた玩具に飛びつく猛犬のように、大上段に大剣を振りかぶったテミスが飛び出して眼下に斬撃を浴びせる。
――しかし。
「皇帝……戦陣を切る王は民を守護し、降り掛かる災禍を払い除ける。……君に見せるのはこれで二度目だったね。テミス」
「ッ――!? 貴様ッ!? ライゼルッ!!?」
大剣を振り下ろした先。その黒く輝く切っ先を受け止めていたのは、一枚のカードを掲げて不敵に微笑むライゼルの姿だった。
「チィッ……お前が何故ここにッ!」
ギャリィンッ! と。不可視の壁に剣を圧し戻されたテミスが後退し、地面に降り立ちながら歯噛みする。
奴はフリーディアの旗下、白翼騎士団の一員の筈。彼女に背いて騎士団を離れるような事があれば、即刻処刑される身だというのに……。
「答えなくともわかる筈だ。テミス。僕が君に刃を向ける理由など、今更説明する事でもないだろう?」
「ッ――!! やはり、あの時殺しておくべきだったな」
涼やかな殺気と共に放たれたライゼルのカードを躱し、テミスの目に殺意と云う名の剣呑な光が宿る。そして、その殺意を具現化するように黒の大剣に紅い紫電が走り、パリパリと言う微かな音が放たれ始めた。
「テミス。ここは僕が引き受けよう」
「何ッ――!?」
だが、その紫電が役目を果たす事は無く、ルギウスが静かに進み出る事によって宙へと霧散する。
「待てルギウス! いくらお前でもそいつはッ――」
「――本質を見失うな」
無茶だ。と繋ごうとしたテミスの台詞を遮って、強く放たれたルギウスの言葉が叩き付けられる。
「僕も伊達や酔狂で軍団長を張っている訳では無い。冒険者将校の一人や二人、容易く相手にして見せるさ」
そう宣言すると、ルギウスは白銀に輝く剣を構えると、ライゼルの前へと進み出た。
「っ……」
しかし、それでも尚テミスの中の疑念は拭い切れなかった。ライゼルは冒険者将校……転生者の中でも強力で多彩な能力を持つ。カズトのようにただ強力な剣を生成するだけではなく、ケンシンのように守護に特化した力でもない。直接戦った私でさえ、その全ての能力を知っているとは言い難いのだ。しかも、そのような人材がフリーディアの元で戦闘経験を積んだのだから、いくら軍団長とは言えど、一筋縄でどうにかなる相手ではない。
「テミスッ!」
「っ――!」
バヂィッ! と。ルギウスが振るった刃をライゼルが受け止め、膠着状態を作り出していた。そんな状況で鋭く名を呼んだという事は、先に行けと言う事なのだろうが……。
「ここでこの男を倒しても意味は無いだろうッ!?」
びくり。と。ルギウスの叫びと共にテミスの肩が震え、逡巡していたテミスの意志が即座に固まる。
そうだ。今、この戦いの鍵を握っているのはライゼルではない。味方全体の戦闘能力を向上させる事のできるサージルを一刻も早く殺す事が、結果として戦局を大きく左右するのだ。
「――済まない。任せるッ! ……死神に気を付けろッ!」
「了解ッ!」
即座に行動に移したテミスは、去り際にルギウスに助言を残すと、悲鳴に似た雄叫びを上げる兵士の群れの中へと突貫して行く。
そして、遺されたルギウスとライゼルは互いに不敵な笑みを浮かべたまま対峙し、周囲の者を震え上がらせるほどの緊張感を醸し出しながら、剣とカード構えるのだった。




