244話 平原の守護者達
「進め! 決して陣形を崩すな! 無駄に被害を出す事は許さんぞ!!」
ラズール平原にテミスの怒声が響き渡り、綺麗に整列した軍勢が足音を揃えてその背に付いて行軍していく。
キッチリと分けられたその軍団の顔触れは変則的で、見る者が見れば、第五軍団と第十三軍団が混在しているのは一目瞭然だろう。それは同時に、偏執的なまでに部隊の連携に拘っていたテミスの心変わりをも意味していた。
「フフ……まさか君が、こんな陣形を組むなんてね……」
テミスの傍らに並んだルギウスは、チラリと背後に並ぶ兵達の姿を眺めて薄い笑みを零す。その視線の先……組まれた隊列は、誰が見てもわかる程にわかりやすい物だった。
「それを言うなルギウス。我ながら業腹だが、連中を相手にするのならばこれ以上に理想的な陣形はあるまい?」
「そうだね。だからこそ、私情を挟まず最善の選択をした君に感服しているのさ」
「よく言う。皮肉を言っているようにしか聞こえんぞ」
その先頭で、テミスとルギウスは軽口を叩き合いながら笑みを漏らし合う。
テミスの選択した陣形は一般的にテルシオと呼ばれる陣形だった。
重装をさせた兵士や防護魔術に優れた、防御の固い兵士を最前線に配置し、その後ろを遠距離からも攻撃可能な弓兵や魔導兵で固める。転生者であるサージルの能力を用いた能力向上を武器に、特攻を仕掛けてくるアストライア聖国に対しては有効な戦術であると言えるだろう。
だが……。
「最善とは言え、まさか私がこの陣を敷く事になるとはな……」
テミスもルギウスと同様に後ろに控える兵達に視線をやると、皮肉気な笑みを浮かべて呟いた。
この形の陣形は、テミスの宿敵であるドロシーが率い、魔術師軍団であった第二軍団が好んでよく使っていた陣形だ。それも、かつてかの軍団からの友軍攻撃で窮地に立たされたこの地で同じ陣で戦に望むなど、これ以上に皮肉が効いた事は無いだろう。
「まぁ、関係ない。奴を殺す事ができるのならば、下らん誇りなど犬にでも食わせてやるさ」
テミスは独り言を呟きながら、胸の内で燃え盛る闘志に身を委ねる。奴の能力は味方の能力を上昇させ、敵には状態異常を与えるもの。言わば、付与術師と妨害術師の役目を同時に行える、後方支援特化の能力だ。故に、奴自身の攻撃は自らに付与した能力上昇と、転生者の強靭な肉体を利用した直接攻撃に限られるのだ。
「クククッ……確かに、恐ろしい力ではあるが、知ってしまえば大した事は無い」
「テミス様。お言葉ですが、慢心は禁物かと……。我々が連中の手の内を知り、その対策を講じたように、連中もまた我々への対策を講じているはずです」
その呟きを聞いて、テミスに側仕えていたマグヌスが口を挟む。先の戦いを戦場で経験している身としては忠告せざるを得ないのだろうが、テミスとしてもその程度の事は重々、文字通り身に刻まれて体験している。故に、テミスは不機嫌そうに眉を顰めてため息を吐いた。
「マグヌスよ。確かに私は大した事無いと言ったが、あくまでもそれは彼我の戦力差の上での事だ……。奴と相まみえるというのに、慢心などする暇はない」
「っ……! 失礼しましたっ……!」
「フン……貴様こそ、私ばかり気にして足元を掬われるなど、無様を晒してくれるなよ」
背筋を正したマグヌスに、テミスは鼻を鳴らして吐き捨てると、すぐに苦虫を噛み潰したかのごとく表情を歪ませ、言葉を付け加える。
「……お前に心配されるほど、頼り無い戦いはせんよ。……二度とな」
「っ……テミス様……」
テミスの叱責に一瞬だけ表情を陰らせたマグヌスであったが、付け加えられた言葉を聞いた途端、その目を丸く見開いて言葉を零す。その表情はどう考えても、テミスの付け加えた言葉が彼の想像の範囲外にあった事を現していた。
「何だ? お前の中の私は、自らの身も顧みる事ができんほどに愚かなのか?」
「っ――! いえっ! 決してそんな事はッ!!」
テミスはニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべてマグヌスをからかって見せる。無論。本気で問いかけている訳では無かったのだが、マグヌスはビクリと肩を跳ねさせて必死でその問いを否定していた。
「クク……良いさ」
隠し事が苦手なマグヌスらしいその反応に、テミスは笑みを零しながら小さく呟く。たとえどんな原因があったのだとしても、指揮官が自分の部下を失う事は自らの指揮能力の不足を意味している。だからこそ、先の戦いでの敗走は私の責任であり失策だ。なればこそ、二度と同じ轍を踏まないようにするのが鉄則な訳で……。
「テミス。気持ちは分かるけれど、あまり気負い過ぎないように。今回は僕たちも居るんだ」
ぎらりと目を光らせたテミスに、傍らのルギウスがその思考に割り込むように声を上げる。
「っ……! あぁ……」
「わかっているなら良いさ。……さて、来るよ!」
神妙な顔でテミスが頷いたのを確認すると、ルギウスは前方へと視線を移してその目を細める。
その視線の先には、地平線の向こう側から少しづつ姿を現す、アストライア聖国の軍勢が映っていたのだった。




