240話 罅割れゆく仮面
「……それでは、視察を始めましょうか」
サージルが鷹揚な態度で宿に姿を現したのは、既に日が傾きかけた頃だった。
「えぇ。けれど、視察の前に一つお聞きしても?」
「……構いませんが」
事前に来訪を通告したにも関わらず半日以上待たされたのだ、普通ならば嫌味の一つでもぶつけるのが筋なのだろうが、この時の白翼騎士団の騎士達の心は一つだった。
――矛盾一つ、怪しげな挙動一つ見逃してなるものか。
事前にフリーディア達から町の現状を聞いた騎士達は、公正にそれを糾弾できる要素を手に入れるべく、サージルの一挙手一投足に注視していた。
「何故、このような時間に? 今日、我々ロンヴァルディアが視察に来る事は、先刻承知済みの筈ですが」
「ハハ。これは失礼を。ですが、ご容赦いただきたい。なにせ僕たちアストライア聖国は独立したばかりの弱小国家。やらなければならない事は山積みなのです」
手始めとばかりにフリーディアが仕掛け、サージルがそれに応ずる。
フリーディア達が老婆から手に入れた情報は、事実ではあれど秘密裏に手に入れた情報。仮にも他国を名乗る土地で、国の許可なく指定された場所から抜け出し、独自に調査をした事が露見すれば、最悪敵対するきっかけになりかねない。
だからこそ、こうしてサージル自身をつついて、ボロが出るのを待っているのだ。
「ヘェ……やる事が山積み……つまりは、内政が未だに不安定だというのに、あなたはファントを攻めたのですか?」
そして、即座に零れ落ちた隙に、フリーディアの後ろから歩み出たライゼルが、不敵な笑みを浮かべて質問を叩き込む。
建国したばかりで内政が不安定だと主張するのであれば、戦争なんかを始めるよりも先に、国としての基盤を作るべきだ。
「えぇ。ですが魔王領であるファントを攻める事で、我々アストライア聖国があなた方ロンヴァルディア王国の敵でない事がわかっていただけたはず……だからこそ、独立した我々から歩み寄るべく、同盟のお話を持ち掛けた訳です」
「っ……! フリーディア様。発言の許可を」
「良いわ。言ってみなさい」
サージルが薄い笑みを浮かべて理由を語った瞬間。サージルを注視する兵達の前列に居たミュルクの眉がピクリと動き、進み出て声を上げた。そして、フリーディアから許可を貰うと、サージルに向かって首を傾げつつ問いをぶつける。
「ありがとうございます。一つ素朴な疑問なのですが、魔王と敵対する勢力であると示す為なら、ラズールで良かったのでは? 何故、より遠方で経費も時間もかかるファントを?」
「っ……それは……決まっていますとも」
ミュルクの問いを聞いたサージルは表情を変えると、その目に憎悪をみなぎらせて声を荒げる。
「奴が魔族よりも許しがたい大罪人だからだッ! 大恩ある女神様を裏切るだけでは飽き足らず、よもや汚らわしい魔族共と共闘するとはッ!! これを凌ぐほどの大罪があろうかッッ!? いやッッ!! 無いッッ!!!」
「テミスが……あなた達が信奉する女神に恩……?」
予想すらしていなかった言葉が飛び出し、フリーディア達は一斉に首を傾げる。確かに、ファントで女神教について話をした時、少し様子がおかしかった気がしないでもないけれど……。
「……それよりも」
そのあまりの衝撃に、問いかける白翼騎士団たちが黙りこくり、宿の中にサージルの荒い息の音だけが響き始める。しかし、その衝撃を打ち破るかのように、進み出たライゼルが静かに言葉を紡ぎ出す。
「それよりも、あなたは今魔族たちの事を汚らわしいと表現した……だが現に、我々は戦う術を持たない魔族が居る事も知っている。人に害を及ぼさず、安穏と暮らしているだけの魔族が居たとしたら――」
「笑ォ止ッ!!」
「――っ!」
静かに、しかしはっきりと響くライゼルの言葉を、血走った目をしたサージルの叫びが切断する。そして、ギラギラと輝く目でライゼルを睨み付けると、怒りの混じった声色で怒鳴りを上げた。
「魔族など! 魔なる者として生まれたこと自体が罪ッ! その罪を裁く事が、女神の騎士たる私達の使命であり義務である!」
「ふぅん……魔族は生まれたこと自体が罪……。なら、魔王領に住む人間は?」
ニヤリ……。と。ライゼルが不敵に口角を歪めてサージルへと問いかける。そしてその手はさり気なく、腰に据えられたカードホルダーへと添えられていた。
「…………。フッ。何を言うのですライゼル殿。魔王領で暮らしているとはいえ彼等は人間、被害者なのです。彼等を救い、導く事こそ我々の務めではないですか?」
長い沈黙の後。ともすれば、邪悪とも思える笑顔で問いかけたライゼルに、サージルは穏やかな笑顔を浮かべて歩み寄ると、その肩に手を置いて言葉を続ける。
「だからこそ、是非。勇者たる貴方には、あの憎き裏切り者を討つべく、我々と共に来て欲しいと思うのですがね」
「……っ!!」
ライゼルの耳元で囁くように、サージルは勇者としての笑顔を見せながら、そう告げたのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




