236話 真なる友
「……一体。どういうつもりかな?」
翌日。全快したサージルの姿は、ルギウスの治める町。ラズールの中にあった。しかし、武器を持ちながらもそれを抜く事はせず、サージルは穏やかな笑みを浮かべてルギウスに語り掛ける。
「御覧の通り、こちらに戦いの意思はありません。そう殺気立たれると話しづらいのですが……」
「戦いの意思が無いのは結構。ならば早急に要件を述べると良い。まさか、人間である君が魔王領であるこの町に観光に来た訳ではあるまい」
「……えぇ。まぁ」
その言葉を首肯すると、サージルは笑みを浮かべたまま自らを取り囲む兵達……そして、自らの正面に立つルギウスの姿を観察する。
周囲の兵達には見覚えが無い。それに、先の戦いで相まみえた連中のように雑多な印象は無く、小生意気にも白を基調としたデザインの武具で統一されている。つまり彼等は、目の前の男……ルギウスが率いる部下たちなのだろう。
「今回は和平交渉に来たのです」
「フッ……和平交渉だと?」
サージルがそう口にすると、警戒するように身構えていたルギウスが、皮肉気に頬を歪めて睨みを利かせる。
「笑わせるなよ? 私がそう何度も同じ手に引っかかるとでも思っているのか?」
「同じ手……? ああ、先の会談の件ですか……。ならば、あなたは誤解している」
「誤解……?」
自信満々にサージルが言い切ると、ルギウスの手がゆっくりと腰に携えた剣の柄へと伸びる。まさか、単騎で交渉に来た僕をいきなり斬り殺すなんて事はしないだろうが、言葉を選ぶ必要はあるだろう。
そう判断すると、サージルは背負っていた自らの大剣を地面に突き刺し、数歩距離を取って敵意が無い事をアピールする。それでも、全力で手を伸ばせば引き抜ける範囲ではあるのだが……。
「――っ!?」
「……これでお分かりいただけましたかね? それに、我々はアストライア聖国。貴方を嵌めようとしたロンヴァルディア王国とは違います」
「信用できないね」
「ならば、信用させて見せましょう」
サージルはそう言って言葉を切ると、ルギウスを見据えて口を開く。
この『交渉』。コイツはほぼ間違いなく乗ってくるだろう。何故ならこのルギウスという男は、今も尚僕に攻撃を仕掛けて来ない。
あの女との戦闘を見たのだ、僕が時間を稼いでいる間に、密偵が匿われた奴を探している可能性もあるというのに……だ。
「魔王軍第五軍団長ルギウス……あの憎き裏切り者、テミスの身柄をこちらに渡せ。その対価として、我々人間が魔族を斃した後も、お前達の領地は魔族の自治領として認めてやろう」
「っ――!」
言い放った直後。ルギウスの傍らで矢を番えていたシャーロットが一気に弦を引き絞ると、その射線を遮るようにルギウスが手を翳す。
「ルギウス様ッ!?」
「なるほど……そういう話か」
「フフ……ええ。その通りです」
そして、二人は意味深な笑みを交わすと、どちらからともなく歩み寄って顔を突き合わせる。
これは、高度な政治的交渉だ。だが、僕の答えは既に決まっている。微笑の仮面を被りながら、ルギウスは心の中で呟いた。
大局を眺めるのならば、テミスの身柄一つで敗戦後の安全を変えるという一点においてのみ、この交渉は安い買い物だと言えるだろう。むしろ、テミスがただの魔王軍軍団長だったならば、裏切られるリスクを鑑みても、決して呑めない条件ではない。
……しかし。
「あまり僕を舐めない事だ。自称勇者」
「なっ……!?」
サージルの間近まで歩み寄ったルギウスは、笑顔の仮面を捨て去って吐き捨てるように言葉を叩き付ける。刹那。突如として憤怒の表情へと変貌したルギウスを見て、サージルは驚愕の底に突き落とされていた。
「馬鹿なっ――! 冷静によく考えろ。たとえこの戦争の結末がどうなろうと、たった一人の犠牲で我々アストライア聖国の庇護の元、魔族全体が生き延びる希望を捨てると言うのかッ!!」
あり得ない。
サージルは混乱する頭を必死で律しながら、和平の利点を声高に謳った。コイツにとってあの女はただの負傷兵の筈……。いくら将とはいえ、傷付いた兵一人の命でこの保険を買えるのならば安いものではないかッ……!
「ククッ……ハハハッッ! なかなかどうして口が上手い。ああ、額面上はそうなのだろう」
その叫びに対し、ルギウスは凶暴な笑みに表情を作り替えると、その体全体から異様なほどの魔力を迸らせながら、サージルと目を合わせて言葉を続ける。
「私は、仲間を決して裏切らない」
「仲間……だと……? あの女は人間だぞッ!」
「確かに彼女は人間だが……それが何か?」
「っ~~~!!!」
一言だけ告げて退こうとするルギウスに叫びを上げると、取り付く島もない言葉が肩越しに投げ返される。
馬鹿な……。あり得ない。
サージルはヨロヨロと後ずさると、自らの大剣に寄りかかって体を支えた。
「交渉は決裂。即刻、この町からお引き取り頂こうか」
ルギウスはシャーロットの隣へ戻ると、腰の剣に手をかけて、困惑するサージルにそう言い放ったのだった。




