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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第7章

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235話 女神の加護

 一方その頃。

 アストライア聖国では、絶望的なまでに暗い雰囲気が漂っていた。

 それもその筈。テミスを斃す為に旅立った軍隊は大幅にその数を減らして数時間前に帰還し、その要であるサージルも見るも無残な姿で教会に担ぎ込まれた。

 やはり、あんな子供の妄言を信ずるべきではなかった。そんな意識が人々の間に広がるのも無理は無いだろう。

 ――しかし。


 ガチャリ……。と。たったの数刻前に閉じられた教会の戸が開き、白い大剣を担いだサージルが姿を現す。そして、なぜか涙を流しながら媚びへつらう司祭と二、三言葉を交わしてから、自らの館へ向けて立ち去って行った。


「フフ……フフフッ……さぁ、忙しくなる……」


 そのサージルの表情は輝くように好色に満ち溢れ、爛々と輝く双眸は自信と怒りに満ち満ちていた。

 ……その理由は。満身創痍のサージルが担ぎ込まれた後にあった。


 ――数時間前。


「ぐっ……っぁぁ……ク……ソッ……」


 戦闘中の放出されていたアドレナリンが薄れ、テミスに付けられた傷の激痛をただしく脳が認識するようになると、聖堂の真ん中に寝かされたサージルは身を悶えさせながらその痛みを堪えていた。


「っ……女神様ッ……僕はまだ……死ぬ訳……には……」


 食いしばられた歯の隙間から苦悶の声が漏れ出し、サージルは熱に浮かされた視線で女神の像を注視する。

 そうだ。こんな所で死ぬ訳にはいかない。あの裏切り者は、間違いなく生きている。あんな巨悪を放逐したまま……女神様に恩返しの一つすら出来ずに犬死するのだけは、絶対にできない。


「っ……もう一度……あと少しで殺せたんですッ……! ゴホッ……」


 胸の奥から沸き上がった苦みと共に、サージルは血の塊を吐き出した。

 同時に、霞みゆく視界の傍らで、一人の老人がこちらを見下ろしている事に気が付いた。


「オイッ……何を……している……早く、手当てをッ……!!」

「っ……」


 サージルは小奇麗な格好をした老人を睨み付けると、ありったけの執念を込めて言葉を紡ぐ。

 奴は強い……。だが、今度は間違えないッ……!

 ギリギリと歯を食いしばると、サージルは心の中で念仏のように叫びを上げた。

 そもそも、軍団の事を考えて強化を優先したのが間違いだった。軍団長等と名乗ってはいたが奴は独り。仲間と共に僕の前に現れたにも関わらず、連中には周囲の兵の相手をさせ、たった一人で戦いを挑んできた。

 テミスは仲間を引き連れているように見えて、その実一人で戦っている……これこそが、奴の弱点ッッ! この世界の誰もが気付いて居ないはずの、奴の弱点だ。


「オイ司祭ッ……! 早く僕の傷を――」

「――無茶ですな」

「何ッ……!?」


 一向に始まらない手当てに業を煮やしたサージルが怒鳴り付けると、彼を見下ろして佇んでいた老司祭はゆっくりと首を振って口を開く。


「いや……無理と言うべきですか……。私共の扱うどんな魔具を用いたとしても、例え最高級の聖水を使ったとしても、そこまでの傷を癒す事はできませぬ」

「ふ……ざけっ――」

「これは摂理なのです。そもそも、そこまでの傷を負って尚、生きたままこの聖堂に辿り着けたこと自体が奇跡のようなもの。ならば、この場で御許へと旅立てる喜びを噛みしめながら、最期の祈りを捧げるべきでしょう」

「く……そがぁっ……!!!」


 サージルはだくだくと流れ出る血を感じながら、理論を並べ立てる司祭に怒りを燃やした。まさか、植え付けた信仰心がここに来て仇になるとは……。

 この世界の医療技術では、この傷を癒す事ができないなど先刻承知済みだ。だがそれでも、神の奇跡を信じて治療するのが普通(・・)だろうっ!! それを、目の前に居ながらも治療を施すでもなく、ただ死出の祈りを紡ぐなど、人として破綻しているではないかッ!!


「ぐ……クッ……」


 僕は生きなければならない。

 生き残って、今度こそッ……。

 サージルは薄れゆく意識の中で床の上を這いずると、女神像の前で横たわる。

 あの耄碌爺が役に立たない以上、奇跡に賭けるしか方法は無かった。


「め……がみ……様ッ……」


 うわごとのように、サージルは掠れた声で口を動かすと、全霊をかけて祈りを捧げる。

 僕は貴女の剣だ……だからこそ、清浄にして慈悲深い貴女を裏切ったアイツが赦せないッ!! 転生させていただいた恩をお返しする前に死ぬ訳にはいかない。弱点はわかったんだ……今度こそ、必ず……奴を――。


「ご……慈悲……を……」


 視界の端が徐々に白く染まっていき、祈りを捧げていた意識すらも徐々に薄れていく。気付けば、失血によって凍えていた体も、今や湯船につかっているかのように心地の良い暖かさに包まれていた。


「――期待……していますよ」

「――っ!!!!!」


 ガバァッッ!! と。

 頭の端に響いたその優し気な声色に、サージルはその身を跳ね起きさせる。

 刹那。揺蕩っていた意識は現実へと引き戻され、女神像の真下で飛び起きた格好のサージルの視界には、驚愕した顔で震えあがる老司祭の姿が映っているだけだった。


「――き」


 感涙せんばかりにぷるぷると震えながら、老司祭が唇をうごめかせると、跳ね起きたサージルの前に傅いて叫びを上げながらむせび泣く。


「奇跡じゃッ……まさに……まさに神の御業……おぉ、サージル様……アストライア様は、貴方様を確かに選ばれたのですね……」

「っ……ありがとう……ございます……」


 一方で、サージルは老司祭を完全に無視すると、一切の傷が消え失せた体を確認しながら呟いた。

 視界が光に包まれたあの瞬間。確かに聞こえたあの声は、聞き間違えるはずも無い。


「必ず……必ずご期待に応えてみせますッッ!!」


 サージルは女神像に首を垂れると、打倒テミスを心に誓い直して聖堂を後にしたのだった。

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