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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第7章

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234話 孤独を癒す三重唱

「っ……」


 静かに頷いたルギウスが退出した直後。テミスは項垂れて掛布団の裾を掴む。しかし、壊れた左腕は分厚い包帯で動きを封じられ、痺れに似た微かな痛みを返してくるだけだった。


「ハッ……。確かに無様……だな……」


 嘲るように吐き捨てて、テミスはただ一人呟き続ける。

 ルギウスやサキュド達を信頼した訳ではない。ただ、女神教などという連中を相手に手が足りなくなっただけだ。


「仕方がない……じゃないか……」


 ケンシンはテプローから動けないしライゼルは敵だ。女神を相手に前線に立てる転生者は私しか居ない。ならば、例えリスクがあったとしても、手勢を揃える必要がある。

 言葉と共に、ギシリと握り込んだ右手がシーツに皺を寄せ、込められたあまりの力にブルブルと震えはじめる。


「……そうじゃないだろ」


 ぼすり。と。くぐもった音を立て、テミスの頭が掛布団の上へと落ちる。まるで前屈しているかのようなその恰好は、皮肉にも神へ己が罪を懺悔する罪人の様だった。


「認めよう……。私は、怖かったんだ……」


 己が心を口に出した瞬間。肌が粟立つような怖気がテミスの全身を走り抜ける。

 怖い。堪らなく怖い。強く在らねばならない自分が弱い一面を晒す事で、私を仲間だと言ってくれた仲間達が去って行ってしまうのが。

 そうだ。だから私は先延ばしにした。語らなくて済むならば……と。自らの来歴を明かす事が危険であると嘯きながら、信じる仲間達に己が正体を秘匿し続けた。


「だがそれは甘えなんだな……」


 怒りを露わにしたルギウスの言葉で、無理矢理気付かされた。私が秘密を黙するという事は、彼等に一方的な信頼を強いるという事。何か策略があっての事ならばまだしも、こうしてルギウスに命を救われた今……その言い訳も断たれた。


「これが、年貢の納め時と言うヤツか……」


 テミスがそう呟いて顔を上げると、神妙な顔をしたマグヌスとサキュドを引きつれたルギウスが、扉を開いて部屋に戻ってくる。

 意外と、心はもう凪いでいた。

 彼等には十分甘えた。彼等の好意には存分に浸らせて貰った。それはもう、自分が恵まれているなどと気付かない程に。

 だから……。全てを語り、彼等が私を拒絶したのならば、それも受け入れよう。


 そう心に誓った刹那。テミスの心の中に、今まで彼等と過ごした、短いながらも濃密な日々の光景が蘇ってくる。

 大丈夫だ。例え拒絶され、独りになったとしても。彼等と笑い合えた記憶さえあれば、私はそれを糧に生きていける。


「……これから私が語る事は荒唐無稽な話だ。お前達にとって、とても信じられるような事では無いかもしれない」


 テミスはそう前置きをすると、ベッドを囲んだ三人の顔を見上げて語り始める。


「まず初めに……私はこの世界の人間ではない」

「っ……!?」

「…………」

「……?」


 テミスが覚悟を乗せて放ったその言葉を聞いた三人の反応は様々だった。

 驚愕の表情で目を見開き、テミスを凝視するマグヌス。

 驚きながらも、黙して先を待つルギウス。

 そして、無表情ながらも僅かに首を傾げたサキュド。

 しかし、テミスはその反応を無視して言葉を紡いでいく。奮起した心が萎えない内に、この泣き叫びたくなるほどの恐怖に圧し潰される前に全てを語り終える為に。


「此処とは別の世界で死に、女神を自称する存在によってこの世界に転生させられた人間だ」


 それからテミスは休む事無く口を動かし続けた。

 女神が魔族を悪とし、正義を求める自分に掃討を促した事。

 奇しくもそれが真実でないと知った自分が、己が目で正義を確かめる事にした事。

 異邦の物である事を自覚しながらも、自らの正義を貫くため、この人と魔の戦争に関わり続けた事を。


「……これが私の正体だ。お前達が強いともて囃す私の強さも所詮は借り物。あの女神を名乗る馬鹿から賜った物に過ぎんのだ」


 いったい、どれくらい喋り続けていただろうか。テミスは乾いた唇を湿らせながら、どこか清々しい気分でルギウス達が答えを出すのを待った。

 全ては、語り終えた。この結末がどんなものになろうと、私はきっとこの選択を後悔するのだろう。だからこそせめて、処断が下されるこの瞬間だけは、心安らかにして居よう……。

 そんな事を考えながら、テミスが弱々しい微笑を浮かべていると、黙って話を聞いていたルギウスが口を開く。


「なるほど。俄かには信じがたい話だが、確かに合点がいく。だが……本当にそれだけか? テミス」

「それだけ……とは?」


 予想だにしていなかったルギウスの質問に、テミスは目を丸くして首を傾げると、外見相応の可愛らしい表情でオウム返しに問い返す。


「その程度の事で、お前が僕たちに正体を伏せるとは思えない。いや……仮に転生者である事を伏せたとしても……僕が知る君ならば、真実を伏せたままでも、もっと効率の良い方法を採るはずだ」

「えぇ……少なくとも、今回の戦いにルギウス様たちを参戦させない理由にはならないをよね?」

「ウム……テミス様の事であるから、何か策があっての事だと思っていたのだが……」


 ルギウスの問いを皮切りに、三人の疑いのまなざしがテミスへと集中する。

 当然の反応だろう。自らの正体を隠蔽した者が、今更真実などを語った所で受け入れて貰えるはずも無い。


「っ……」


 そう悟った瞬間。テミスの胸を、張り裂けそうな苦しみが襲い、その目尻にみるみるうちに涙が溜まっていく。

 ああ。そうだ。私は何処かで期待していたのだろう。

 今まで私を甘やかし続けてくれた彼等ならば、笑って受け入れてくれるかもしれない……と。


「っ~~……」


 テミスは歯を食いしばり、今にも溢れんとする熱い液体を無理矢理留める。そして、再び掛布団に顔を伏せると、くぐもった声で三人の問いに答えた。


「これは……私がするべき戦いではないか……。私の個人的な私闘に、ルギウスを巻き込む訳には……」

「プ……フフ……クククッ……」


 流れる涙を隠したテミスがそう告げると、さも面白い物でも見たかのようなルギウスの笑い声が響いた。そして、その押し殺したような笑い声が収まった頃。


「何というかまぁ……君らしい理由だな……」


 どこか呆れたかのように嘆息しながらルギウスがそう零すと、その傍らに立つ二人は柔かい笑みを浮かべながら深く頷く。勿論、顔を伏せているテミスはそんなこと知る由も無いのだが……。


「安心しろ。テミス」

「――っ!?」


 言葉と共に、ルギウスはテミスの肩に優しく手を置いて語り掛ける。


「たとえ君が何者であろうとも、君がこの世界で為して来た事は間違いじゃない。僕たちが心揺さぶられた君こそが今のテミスさ。だろう?」


 そして、ルギウスがテミスの目前に移動した二人に水を向けると、おどけたように笑みを浮かべたマグヌスが口を開く。


「えぇ。我等が軍団長の事だ……。ギルティア様と人間達を同時に相手取るつもりで居た……なんて言い出すのではないかと覚悟していましたが……」

「ま、それでもついていきますけどね。楽しそうだし」


 それに乗ったサキュドがニンマリと笑みを浮かべると、得意気に鼻を鳴らしながら後に続く。


「っ……お前達……だが、私は……」


 すると、信じられないものでも見たかのような表情を浮かべたテミスが跳ね起き、涙で濡れた顔で三人の目を見つめて言葉を詰まらせた。

 何故、彼等は笑っているのだ? 私はお前達の信頼を無下にし続けていたのだぞ? 大局に関わる情報を隠匿し、自らの正体すらも偽って……。


「フフフッ……強いて言うのならテミス、思った以上に君が泣き虫で寂しがり屋だというのに驚いたくらいか……」

「ブフッ……ククッ――いや、失敬」

「んっふっふ~……もう、可愛いんだから」

「っ――!! うっ……うるさいっ!! 見るなっ!!」


 クスクスと笑みを浮かべた三人がそれぞれの感想を述べながらテミスの顔を見ると、耳まで顔を赤くしたテミスが再び掛布団に顔を埋めて叫びを上げる。


「フフッ……やれやれ。これでようやく、本当の意味で君と肩を並べられた気がするよ」


 そこか満足気な笑みと共に呟かれたルギウスの言葉は、部屋を満たす温かい笑い声に紛れて混ざりあったのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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