228話 勇戦の凱歌
「グッ――クゥッ……!?」
ガギィンッ! ギャリィンッ! と。激しい音を打ち鳴らしながら、サージルの大剣がテミスへと叩き込まれる。
一見すれば、戦況は先ほどまでとは変わらない。一方的にサージルが攻め立て、テミスは防戦一方に陥っていると映るだろう。
しかし。それは事実ではあるが真実ではない。
「ラァッ!!」
「クッ……ぐぁっ!?」
叩きつけ合った大剣同士の剣圧に敗れ、テミスが後方へと弾き飛ばされる。
「クソ――ッ! なんだと言うのだ! 一体ッ!」
テミスがそう憤りの叫びを上げた瞬間。
「グムゥッ……」
「キャァッ! このっ……何なのよっ!?」
兵士たちで作られた円陣の中から、再度挑んだマグヌスと、今度はサキュドまでもが弾き飛ばされて来た。
「ッ……」
ゴクリと生唾を飲んだテミスは、眼前に立つサージルを睨み付けると、活路を見出さんと必死で思考を回転させる。
奴の能力が強化系なのは間違いない。だが、それではマグヌス達まで一度に圧され始める事に理由が付かない……。
「まさかっ――!?」
「そうだ。ようやく気が付いたか。意外と、頭の回転は鈍いんだな?」
「チィッ――!!」
嘲笑と共に繰り出されたサージルの突きを躱し、テミスが舌打ちをする。奴の能力はただの強化ではない……。奴の能力は自らを強化するだけでは無く、その効果は仲間へも及ぶのだ。
「勇者とはただ、勇気ある者ではない。存在するだけで周囲の者を鼓舞し、奮い立たせる者の事ッ!」
「ハッ……一般の民や兵士を死地に導くとは、とんだ勇者もあったものだッ!」
「フッ。それは違うとも」
侮蔑の笑みを漏らしながら飛び掛かったテミスの剣を、サージルは軽々と受け止めて笑みを漏らす。
そして、大剣から片手を放すと、固く拳を握り締めてテミスの腹へとそれを叩き込んだ。
「っ……!? しまっ――ガッ……」
その拳は、ミシリと言う骨が軋む音と共にテミスの腹へ深々と突き刺さった。あまりの衝撃にテミスは言葉を途切れさせると、その威力を一身に受けた小柄な体が宙を舞い、派手な土煙を上げながら地面を転がった。
「テミス様ッ!」
「ゴホッ――ガハッ……騒ぐなッ!」
咄嗟に側へと駆け寄ろうとするマグヌスを怒鳴り付けると、テミスは辛うじて手放さなかった大剣を構え直してサージルへと向き直る。
「確かに……全体付与とは驚いたが、お前自身はただの強化屋。幾ら強くなったとはいえ所詮は人間……その戦意を挫く方法など幾らでもある」
「ん……? ああ、そうか。まぁ、そう勘違いするのも仕方が無いか」
しかし、サージルは大剣を下ろすと、テミスの側まで近付いて笑みを浮かべ、囁くように語り掛ける。
「なぁ、『勇者』ってのは、何をする人間の事だ?」
「っ……? お前、何が――ガヒュッ……」
テミスが口を開いた瞬間。サージルの手が閃いてテミスの喉を掴み上げ、力任せにその気道を握り潰す。同時に、強靭な膂力を以て、腕一本でその体を持ち上げると、自らに強制的に目線を併せて語り続ける。
「『勇者』ってのは、人々の為に巨悪に立ち向かう人間の事だ。だからこそ、人々はその行動を許容し、正しい物だと盲信する」
「……っ! ……っっ!!」
だが、テミスもまたそのような隙を見逃すはずも無く、持ち上げられた手首をギシリと掴むと、自らの体を持ち上げて気道を確保する。だが、奇しくもその姿は周囲には、首を掴み上げられて腕を掴む程度しか抵抗する事ができないようにも見て取れた。
「強化された肉体と統制された精神……これに勝る兵は居ない」
「くっ……そういう……事かっ……」
テミスは全力でサージルの手首を握り締めながら、その万力の様に締め上げる手を開かせて脱出を試みる。
流石は女神の騎士を名乗るだけの事はある。奴の能力の及ぶ範囲は肉体だけに留まらず、その精神すらも支配すると言う。ならば、アストライア聖国の兵共の士気がやけに高く、そしてその殆どが己が身を顧みない特攻を仕掛けてくる理由にも説明が付く。
「理解したようで何よりだ。万に一つもお前達に勝ち目は無い。お前達を始末した後は、お前が汚染した町の浄化を始めなければ……」
「ハッ……聖水や壺でも売り歩いてろ。馬鹿が」
「無様な遺言だ」
不敵な笑みを浮かべて、テミスが唾と共にサージルの顔に皮肉を吐き捨てる。しかし、自らの顔に唾を吐きかけられて尚、サージルは冷静に持ち上げたテミスの身体を宙へと放り出し、その胴を両断すべく大剣で薙ぎ払う。
「月光斬ッッ!!」
「――っ!!!」
刹那。眼下へ放たれた巨大な斬撃がサージルの大剣に当たり、轟音と共に一帯を土煙が覆った。
そして、軽やかな着地音と共に不敵なテミスの声が戦場に響き渡る。
「付与術師風情が粋がるなよ? お前が自身を強化したと言うのならば、私もまた同じことをすれば良いだけの事」
そう宣言すると、テミスは静かに目を瞑り、能力を使って呪文を唱え始める。
思い描くのは、最強の魔眼を携える勇者の物語。その物語の彼が愛用した強化呪文は……。
「我が身に眠る根源よ。その未来を切り拓く力を、ひとたび我が身体に宿したまえッッ!!」
瞬間。土煙に紛れたテミスの身体が薄く発光し唱えた呪文が効果を発揮したことを示す。同時にテミスは、自らの身体が羽のように軽く、そして恐ろしい程に力強く動き始めた事を知覚した。
――故に。
テミスは土煙に隠れたサージルを睨み付けながら、ニヤリと笑みを浮かべて大剣を振りかぶり能力を発動する。
「フッ……大口を叩いたのだ。簡単に死んでくれるなよ? ――月光斬ッ!!」
「――ッ!!!!」
刹那。ヒャゥンッ! と甲高く空気を切り裂いたテミスの剣から、先ほどの斬撃に倍する大きさの斬撃が放たれる。その巨大な刃は、土煙と共に周囲の兵をも斬り飛ばしながら、その命を刈り取るべくサージルの元へと飛んでいったのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




