23話 断罪の刃
「ククッ……クククッ……」
爆音が去り、辺りを再び土煙が閉ざす。若干の静寂の後、その中から不敵な笑い声が響き渡った。続いて、一陣の風が吹き通り徐々に土煙を晴らしていく。
「隊長ォッ!」
轟音を聞きつけて駆け付けたのか、青い顔をしたマグヌスが門の前で叫び、その叫びは徐々に歓声へと変わる。晴れた土煙の中に立っていたのは漆黒の甲冑――テミスだった。
「うっ……グっ……」
「お前は、力に頼りすぎなんだよ」
地面に転がるカズトを見下しながら、吐き捨てるようにテミスが言葉を紡ぐ。
「己が力を過信し、次の手を用意しなかった。流石に愚鈍なお前でも、腹の痛みで解るだろう? 勝敗を決した一撃がこの聖剣で無いことくらいは」
テミスは錬成を解除して聖剣を漆黒の大剣へと戻し、地面へ突き立てる。テミスの言葉通り、カズトの体からは血が一滴も流れていない。
「クソがっ……調子に乗るなよ……こんなものはただの種族差だ。魔族の膂力が……人間である俺のそれを上回っていただけ……」
激しくせき込みながらカズトが苦し気に身悶える。
「ここまで来ると、流石に憐れみさえ覚えるな。我々が持つ聖剣の威力は同じ。故に激突の瞬間、私はお前に蹴りを叩きこんだ。剣の威力が同じなら、手数の多い方に軍配が上がるのは自明の理だろう?」
「隊長、止めを。それとも私が?」
先ほどまでの剣戟と爆音が嘘のように静まり返った戦場を、マグヌスがゆっくりと近付いて来る。そして、後ろに並び立つと武器を構えた。
「まぁ、待て」
テミスはふと思い付いた発想に頬を歪めながら、横をすり抜けようとするマグヌスを止めると、おもむろにヘルムの留め金を外した。
「まさか、情が湧いたとでも?」
「フッ……情ね。感情、激情……まぁ、情けとも言えなくはないか」
ゆっくりとカズトへ近づきながら、怪訝な顔で振り向いたマグヌスに意味深な台詞を呟いてやる。こういった事前の仕込みが良い味を引き出すのだ。
「隊長。こ奴に情けをかけるのであれば私は反逆者として――」
「それを言うならお前は命令違反だ。野戦病院を護れと命令したはずだが?」
「っ……」
テミスが振り返り、マグヌスを睨みつける。
少々無理矢理な論点のすり替えだったが、目論見通り真面目なマグヌスは黙り込んだ。実直なのは美点だが、頭の固さは今後の課題か……。
などと考えながら、テミスはカズトの前へたどり着くと、留め金を外したヘルムから頭を抜いて素顔を晒した。
「おっ……おま……お前っ……はっ…………」
目を見開いて驚愕するカズトに、さらに口角を上げて嗤いかける。
「二度と会わない事を祈っていたのだがな、神は願いを聞き入れてくれなかったようだ」
「なっ……ま、待てよ……俺が悪かった。お前に……従うからっ……」
きっと少しでも見知った顔が現れたことに希望を見出したのだろう、カズトが媚びた笑いを浮かべながらにじり寄ってくる。
「改めて名乗ろうか。魔王軍体験中、第十三独立先遣隊隊長。テミスだ」
我ながらふざけた口上を述べながら、手に持ったヘルムをマグヌスに押しやって、地面に突き立てた大剣に手をかける。
「そんなっ……同じ人間だろ? なん、なんでっ……」
絞り出されるような声と共に、テミスの歪んだ笑いと共に振り上げられる大剣を見て、カズトの顔が絶望に歪んだ。
そう。この顔だ。こいつはただ楽にするだけでは足りない。平和な町を壊し、その住人を凌辱した。悪徳の罪には相応の罰……抱いた希望が絶望へと変わった瞬間に、その人生の幕を閉ざすくらいでなくては。
「お前が悪で、私が正義だからだ」
テミスは心の中で燃え上がる嗜虐心と復讐心に頬を歪ませながら、酷い顔でこちらを見上げるカズトに一言だけ告げ、大剣を振り下ろす。
小気味のいい風切り音に一拍遅れて、恐怖と絶望の表情に固定されたカズトの首が宙を舞った。
「隊……長……」
「これでも何か不満か? マグヌス?」
「いえ。ですが……」
驚いた顔でこちらを見つめるマグヌスに話しかけながら、その手から預けていたヘルムを受け取る。
「なんだ? 部下とは言え仮のようなものだ。言いたいことがあるのなら言うと良い」
「はっ……では。何故わざわざいたぶるような真似を? 勝負はついたのです。速やかに止めを刺すか、捕虜として拘束するのが道理かと。他の兵士たちにしてもそうですが……」
マグヌスの視線がチラリと町の方へ向く。きっと、敵司令部のテントあたりの事を言っているのだろう。なにせ、月光斬でまとめて斬り飛ばしたせいでその血がレッドカーペットみたいになっていたからな……。
「……解らないか? お前はどうだ? サキュド」
「っ!」
ヘルムを着け直しながら、町の門に隠れるようにしてこちらを窺っているサキュドに少し声を大きくして問いかけてやる。
「……イジメるのが大好きなドSって顔でも……ありませんしね」
声と共に、怪訝な顔をしたサキュドが姿を現して、首を傾げながらゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「やれやれ、全滅か」
「申し訳ありません」
「――罰だよ」
頭を下げるマグヌスにぴしゃりと答えを叩きつける。魔王は自分の軍に自らが正義だと説いては居ないのか……?
「はっ……?」
「奴等は平和に暮らしていたこの町の人達……罪なき人々と言い換えても良い。それらを人魔の区別なく虐げ、略奪し、破壊した。町の再建はともかく、心の傷を癒すには長い年月がかかるだろう。二度と戻らない者も居るかもしれない」
「……つまり、町の人に代わって復讐したって事ですの? 随分とお優しい事ですね」
どこか不満気に、側まで近付いてきたサキュドが話をまとめるが、ずいぶんと誤解している。
この手の誤解は早く解いておくに越した事はないな。
「いいや、違う。私はな……許せないんだよ」
先程から胸の中に生まれた空虚な気分を紛らわすため、テミスは被りなおしたヘルム越しに微かに白い雲が浮かぶ空を見上げる。
「奪われ、泣き叫ぶ被害者が歯を食いしばって立ち上がる一方で、それらの悲劇を引き起こした奴はのうのうと生きている……おかしな話だとは思わないか?」
「それは……しかし戦争とは、人間軍とはそう言うものかと……」
マグヌスが苦しげに頷きながら呟くように応える。確かに、この世界の戦争には倫理なんて物はなさそうだ。それならば、元の世界の戦争とも認識が異なるか。
だが。これは私の……『俺』の行動理念。無意味なことは解っているし、被害者が望まない事だってあった。
「……今回。我々は彼等を護る事ができなかった」
「っ……」
唐突に口調を変えて、テミスが白煙の立ち上るファントを仰ぎ見る。苦痛に似た表情を浮かべたマグヌスには、この言葉の意味が伝わったらしい。
「ならば、味を占めた人間共が再び同じ愚を犯さないように……そもそもそのような事すら出来ないように、未来永劫にわたって災禍の芽を摘み取る。これならば意義は理解できるだろう?」
「……はっ。確かに有効な戦術かと」
何かに納得したようなマグヌスが頷く。まだ上手く伝わっていない気もするが、これ以上言葉を尽くしても別の世界における抑止力などという正義を、この場で理解するのは難しいだろう。
「さて、納得できたのであれば帰――」
テミスがヘルムの中で苦笑いを浮かべながら二人を促し、町へ戻ろうとした時だった。遠くから響いてくる蹄の音と、擦れ合う金属の音を強化されたテミスの聴覚が捉えた。




