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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第7章

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222話 楔の胎動

「今こそ集え、女神の使徒たちよ……ね」


 アストライア聖国の建国宣言された二日後。テミスはファントの執務室で、行商人から手に入れたビラを眺めながら呟いた。


「テミス様……これは好機では?」

「……何がだ?」


 ビラに並べられた美麗字句に辟易とした表情を浮かべるテミスに、一歩進み出たマグヌスが問いかける。

 一体全体、何が好機だと言うのか。このアストライア聖国とやらは、まずもって間違いなくあの女神を自称する女を信奉する国。いわば宗教国家だ。ならば、大なり小なりはあれど、連中の敵が魔族であることに変わりは無い。それに、転生者が集まりやすい点を加味すれば、巨大な厄介事が増えたと言うべきだろう。


「いえ……このアストライア聖国はロンヴァルディア王国の領地を占領する形で建立された国です。ならば、軋轢は必至。この隙を突かない手は無いかと」

「あ~……そうか……。そうだったな……お前達にはそう映るか……」


 勇ましい声で告げたマグヌスの言葉に、テミスは力ない声で言葉を返す。

 確かに、女神云々の前提を知らない者から見れば、人間達の間で起きた内紛に映るのも無理はない。

 だが……。


「ま~、その……アレだ。一枚岩でないとはいえ連中も人間。我等になびく事は無いだろうよ」


 自らの身の上を明かしていないテミスには、マグヌスの見解を明確に否定する材料は無かった。だからこそ、こうして歯切れの悪い回答を返すしかない訳だが……。


「確かに、テミス様の言う通りかもね」

「っ――。サキュド?」


 言葉と共に執務室の扉が開かれ、赤い物体がマグヌスに向けて放り投げられる。


「……林檎? これがどうしたと言うのだ?」

「テミス様も、どうぞ」

「ウム……」


 素早く林檎をキャッチしたマグヌスの横をすり抜けて、サキュドはもう一つの林檎をテミスに差し出すと、眉を顰めて口を開く。


「先程見かけた行商人から購入したのですが、この林檎……アストライア聖国で買い付けた物らしいです」

「見事なものだな……」


 テミスはほのかに香る果実の匂いを嗅ぎながら林檎を観察すると、感嘆の息を漏らした。

 これほど見事な林檎は、前の世界でもそうお目にかかる事はできなかった。まず何よりも、大振りでつやつやと赤く輝いている。この世界に来てからというもの、林檎は固く小さい物ばかりで、その皮なんてほとんどがザラザラとした枯れ木の様な模様が浮き出た、質の悪い物ばかりしか見て来なかった。

 故に、戦時下において良質な果実を育成する余裕のある都市なんて無いと思っていたのだが……。


「はい。その行商人の話では、町は活気に満ち溢れ、住人たちは笑い合い、ゆとりのある暮らしていると言っていました」

「だろうな……豊かでなくては、こんな物を作っている暇はあるまい」


 テミスはそう呟くと、林檎を一口齧って咀嚼する。

 さわやかな甘みが口の中を満たし、カリカリという小気味のいい音が執務室の中に木霊した。


「面倒な事だ……連中のせいで、この戦争は必ず激化する。ただ一つ、幸いなのはこのアストライア聖国が、我等の管轄外……ファントからはある程度離れているという所だな……」


 そう口にした後、テミスは思慮深気な視線を林檎へと注いで黙り込んだ。


 果たして、本当にそうだろうか?


 このアストライアは間違い無く女神の国。ならば、女神への反逆者である(・・・・・・・・・・)私を、捨て置くとは到底思えん。


「……サキュド。マグヌス。伝令に走れ」

「ハッ……伝令、でありますか?」

「それは構いませんが……私達が……ですか?」


 異様とも言える気迫を纏ったテミスの命令に、背筋を正したサキュドとマグヌスが口を揃えて訊き返す。


「ああ。一刻も早く。最速で……だ」


 ゆらり……。と。テミスは執務机から立ち上がりながら、手に握ったビラを握り潰す。


 懸念があると知ればたった一つ。

 ――私だけで済めばいい(・・・・・・・・・)。だが、相手は私と同じ転生者……しかも、あの大馬鹿女神の狂信者というのだ。念には念を入れておかねばなるまい。


「テプローのケンシンと白翼のライゼルに伝えろ。ただ一言で良い。注意されたし(・・・・・・)とな」

「りょ……了解ですッ!!」

「承知ッ!」


 サキュド達はテミスの言葉を聞いた瞬間、脱兎の如く執務室から駆け出していく。奴等の腕ならば、数日もしない間に報が届く事だろう。


「なら、後は私だけか……やれやれ。備えの為とは言え、また休みも無い戦いへ全軍を動かさねばならんとは、気が進まんな……」


 そう呟きながら執務室を後にするテミスの頬には、溶けた蝋燭が捻じ曲がったかのような壮絶な笑みが浮かんでいたのだった。

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