幕間 白き翼のゲリラ
「話は分かりました。しかし、時間を稼ぐと言っても一筋縄ではいかないかと」
峡谷の町パランクス。前線から離れたこの町で、白翼騎士団たちは頭を悩ませていた。
「はい。本隊は既にロンヴァルディアを出立……各地で兵を集めながら、ラズールに向けて進軍中です」
「最早隠す気も無いって事ね……お笑いだわ」
カルヴァスの報告を聞いたフリーディアは、皮肉気に頬を歪めて乾いた笑いを浮かべる。
和平を話し合う場に大軍で押し寄せるだけでは無く、その道すがらで徴兵までしていては、戦いに来ていると大声で吹聴しているようなものだ。彼等は余程、ルギウスが平和を望んでいる事を確信しているのだろう。
「っ……だからこそ……気に食わないわね……」
ぎしり。と。脳裏を過った軍部の連中がほくそ笑む顔を振り払いながら、フリーディアは歯を食いしばって怒りを漏らす。
ルギウスは、本当に平和を望んでいる……。だからこそ、それを知って尚、その心を利用する連中の汚さに、怒りを覚えるのだ。
「フフ……ならいっそ彼等を叩きますか?」
怒りに顔を歪めるフリーディアを見つめて、微笑を浮かべたライゼルが提案をする。確かに彼等の進軍を止めるには、本隊に打撃を与えるのが一番だが……。
「いえ……それは駄目よ。彼らに損害を与えては意味が無いわ。それでは、テミスのやる事と変わらない……」
「では、どうすると?」
「……」
ライゼルの問いかけにフリーディアが押し黙ると、騎士達の間に気まずい沈黙が流れ始める。
そもそも、フリーディアの言っている事自体が矛盾しているのだ。『敵』を傷付ける事無く妨害し、ただその足を留めさせる……。やはり、誰も傷付ける事無く事を収めたいなどという夢物語は無理なのではないか……。フリーディア様も、これで夢から覚める筈。騎士団の誰もがそんな諦観にも似た感情を覚え始めた頃。
「二手……いえ、三手に別れましょう」
「二手に……ですか?」
目を瞑って考え込んでいたフリーディアは開眼すると、静かな口調で作戦を語り始める。
「第一班は私と共にこのまま北上……フォルサ渓谷で勝負を仕掛けるわ」
「フォルサ渓谷……ですが、こちら側から北上すると辿り着いた所で渓谷の上です。渓谷の遥か下を行軍する彼等に攻撃する事は……」
「攻撃なんてしないわ。道を塞ぐだけですもの」
「っ……! なるほどっ!」
得意気な笑みを浮かべたフリーディアが言葉を付け加えると、進言していたカルヴァスの顔が明るく輝く。
確かに、フォルサ峡谷を通る道は狭い。大軍が峡谷に入った所の頭を押さえてしまえば、足並みを戻すには少なくない時間がかかるだろう。
「次に第二班……班とは言っても、ライゼル。貴方の単独任務よ」
「……承りましょう」
フリーディアが視線を向けてそう告げると、ライゼルは内容も聞かずにそれを受諾する。
「随分と早いのね? まぁ、良いわ。貴方は第一斑と共に北上後、フォルサ渓谷北のフォルサ遺構で待機。進軍する部隊がこちらに流れるようであれば、中心の石橋を破壊しなさい」
「遺跡の橋を……ですか……気が進みませんね」
「心配無いわライゼル。フォルサ遺構が放置されている理由……知ってる?」
「いえ……」
目を逸らしたライゼルに、得意気な笑みを浮かべたままフリーディアが口を開く。その顔は何処か、嬉々としているのは気のせいでは無い筈だ。
「フォルサ遺構は古代魔族の遺構。そこには、数々の時魔法が施されているの」
「時魔法……今は失われた、古代魔法の一系統と聞きますが……」
「ええ。単純に言うと、橋は破壊されても修復されるわ。時間はかかるけどね」
「なる……ほど」
「この現象は、遺跡を研究しようとしたロンヴァルディアの研究者が見つけたんだけれど……」
突如饒舌に遺跡の事を語り出したフリーディアの演説を聞き流しながら、ライゼルは小さくため息を吐いた。
異世界のロストテクノロジーなど、眉唾にも程がある。おおかた、かつてこの世界に転生させられた連中が遺した物なのだろうが……。
「フ……フリーディア様。遺跡についてはわかりましたが、我々第三班への指示もお願いします」
「っ……! そうね。ごめんなさい。第三班はここパランクスで待機。彼等がこちら側に迂回してきた場合、あの橋を落としなさい」
「お待ちください……いくらなんでもそれは……」
命令を受けたカルヴァスが、チラチラと先程自分達が渡ってきた橋を眺めながら言葉を濁す。
この町の住人にとって、渓谷に掛かるこの橋は生命線の筈……。これを落としてしまえば、最悪、分断された住民たちの生活が立ちいかなくなる可能性だってあるだろう。
「問題ないわ。ねぇ? ライゼル?」
「っ……ハァ……わかりました。全く……あの戦場で力を見せたのは失策でしたね……」
そう言ってフリーディアがライゼルに笑いかけると、深いため息と共にライゼルが頷く。橋を落としたとしても、飛翔能力を持つライゼルであればそれを修繕する事も難しくは無い。だが、こうも能力をアテにされてしまうと、複雑な心境になってくる。
「ですが……恩を返す事ができるのなら……」
こうして必要とされるのは、悪い気はしない。
何処か満たされた思いを感じながら、ライゼルは天を仰いだのだった。




