幕間 教練☆バトルロワイヤル
「クソッ……クソクソッ……! 一体何を考えてやがるんだあの狂人はッ!!」
暗い洞窟のような通路の中に、ネーフィスの怒声が響き渡る。
ここはプルガルド廃坑の一部……かつては、捕らえた人間を嬲り殺して鬱憤を晴らす、一種の享楽施設が存在した場所だ。
しかし、かつては華美を誇ったこの施設も今や廃墟。テミス達十三軍団に滅ぼされ、日々の手入れを放棄された豪奢な装飾は、まるで打ち捨てられた骸の様に見る影も無い程劣化していた。
「シッ……大声を出すな! わざわざこちらの位置を知らせてどうする!」
「お前もウルセェよ! 衛兵上がりの分際で口を出すな! こっちはいい加減イラついてんだ! 来るなら来いってんだ!」
「それが、マグヌス様やサキュド様でも……同じことが言えるか?」
「ウッ……ぐくっ……クソがッ!」
浅慮を咎めたベリスにネーフィスが食って掛かると、傍らからラヴロフがそれを止める。この極限までストレスが溜まった状況下であっても、ラヴロフが出したその名前は効果的だったらしく、結果として更に苛立ちを溜め込む事になったネーフィスは、その捌け口として足元の装飾を踏み砕く。
「やれやれ……」
アヴロフはそんなネーフィスを見て嘆息しながら、自らもまた狂い始めている事を自覚していた。
極度の心理的負荷は人を狂わせる……。軍人などという職業をやっていると、嫌でも耳にする言葉だが、よもや自分がそれを体験する事になるとは夢にも思わなかった。それもまさか、実戦では無く訓練の中で。
そうこうしている間に、次第に廊下の奥から駆けるような足音が近付いて来る。そしてその足音は複数……反響して正確な数こそはわからないが、多数の者がこちらに向けて駆けてきているらしい。
「にっ……! 逃げるぞッ! 早くッ!」
数十秒もしないうちに、必死の形相と共に身構えていたネーフィス達の前に現れたのは、彼等のチームに振り分けられた最後の一人、フランツだった。そして、その手に握られている大袋を見た途端、ネーフィスの瞳がキラリと輝く。
「手に入れたのかッ! 良くやった! さぁ、早く分配を――」
「馬鹿がッ! 走れッ!!」
しかし、笑顔と共に彼を迎えたネーフィスの横を、フランツは罵声と共に一気に走り抜ける。その横では、事態を察したアヴロフが反射的に追随する一方で、身構えながらも目を丸くするベリスがその背を視線で追っていた。
「オイ! 独り占めする気かよ!」
「ちょっ……待っ……!」
その数瞬後。二人に僅かに遅れてベリス達が駆け出す。
そこにはやはり経験の差が表れているのか、先行する元・十三軍団とその背を追う元・第二軍団の構図が成り立っていた。
「待ちやがれ! 物資の独占は許さんぞ!」
「馬鹿がッ! 敵だ! よりによってコルカの小隊だ!」
「なっ……!!」
「っ――! 危ねぇっ!」
バヂィッ! と。フランツの言葉に目を見開いたネーフィスの背後で、火球が撃ち落とされる。
奇しくも、ネーフィスを怒鳴り付ける為に背後を振り返ったフランツが、防壁を張って彼を守ったのだ。
だがその行動は、全力で疾走していたフランツの足を緩めさせ、フランツの肩がネーフィスと並ぶ。
「んだよ! 余計な連中まで連れてきやがって!」
「だから嫌だって言ったんだ! 小さいとはいえ食糧庫を一人で偵察するなんてな!」
そして肩を並べながらも、フランツとネーフィスの口論は続いた。敵から逃走しながら無駄口を叩くなんて行為は愚の骨頂であるのは明白だが、今回ばかりは仕方がないな……。そんな二人の口論を聴きながらも、アヴロフは一人胸の内でため息を吐いた。
今回のサバイバル訓練で支給されたのは、各人一日分の食料品だけだった。故に、訓練工程が五日に及ぶ事を前知されていた一同は、口々に上官であるテミスに異論を申し立てたのだが……。
「知るか。死にはしない。どうしても欲しいのであれば、現地調達でもするんだな」
その言葉が、現在の地獄絵図の元凶だ。
分けられた小隊は、点在する物資を求めて対立し、奪い合う。
あくまでも訓練なのだから、敗北したところで死にはしないだろうが、ひもじく苦しい思いをするのは間違いないだろう。
「チッ……次の三叉路、直進と右折……二手に分かれるぞ」
突如。口論を止めたネーフィスが舌打ちをすると、声を落として指示を出す。
「どう――」
「直進……俺とアヴロフは道なりに進み続ける。会議室で落ち合うぞ」
「っ――! 了解。フランツ。着いてきてッ!」
口を挟もうとするフランツを無視してネーフィスが言葉を重ねると、何かに気付いたかのようにベリスが声を上げる。
「……禄でも無い事を考えていたら許さんからな?」
フランツが呟いた瞬間に、一同は三叉路へ飛び込んだ。そして、ネーフィスの言葉通り、フランツとベリスだけが右へと逸れる。
「ケッ。安心しろよ。禄でもないのはお互い様だ」
ネーフィスはそう呟くと、大きく息を吸い込んで、わざと廊下に響き渡る程の大声で高笑いを上げる。
「アハハハハッ! 騙されやがった! これで物資は俺のモンだぜッッ!!」
同時に。いつの間にかネーフィスの肩には、微かに燐光を放つ麻袋が見せつけるように担がれていた。そして、その声を追尾するかのように、廊下の奥から小さな火球が飛来する。
「お前っ……」
だが、その火球は即座に、振り返ったアヴロフの手によって撃墜された。
「ヘヘッ……作戦成功だ。コルカの部隊を撒くにゃあ、荷物持ちが居ちゃキツいんでね。んで、悪いがベリスの奴より腕の立つお前にはこっち側に付き合ってもらうぜ?」
振り返ったアヴロフの視線の先では、薄く光りながら、まるで重さなど存在しないかのように跳ね回る麻袋を担いだネーフィスが、不敵な笑みを浮かべていたのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




