幕間 新しき翼
白翼騎士団がファントから戻った数日後。
フリーディアは、上機嫌にライゼルと肩を並べてロンヴァルディアを歩いていた。
「……随分とご機嫌ですね?」
「えぇ、勿論。あの殺す事にしか興味が無い軍部の鼻をあかしてやれたのよ? 機嫌が悪い訳が無いじゃない」
「そうですか……」
横に並ぶ金髪の王女を眺めながら、ライゼルは密かにため息を漏らす。
テミスから命を救われた大恩に重ねて、処刑からも守られた……。二度もこの命を救われた恩など、いったいどれほどの善行を重ねれば報いる事ができるのだろう。
「ふふっ……まだ着慣れないみたいね?」
「えっ……? いえ、そういう訳では無いのですが……」
クスリと笑ったフリーディアがライゼルの顔を覗き込む。すると、ライゼルは頬を掻きながら明後日の方向へと視線を向ける。
「違うのなら何よ?」
「……複雑な気分なのですよ」
「複雑……?」
ライゼルの言葉に、フリーディアは目をしばたかせると、可愛らしく首を傾げて見せる。その仕草は、まさに傾国と言っても差支えが無い程であったが、その純朴な美しさもまた、ライゼルを苛む鎖だった。
「……覚えて、いらっしゃらないのですね」
「だから何のこと? ライゼル。貴方の気分が沈むようなことをした覚えは無いのだけれど……」
そりゃそうだろう。と。ライゼルは心の中でため息を吐く。
そもそも彼女に自覚があるのならば、こんな風に問い返したりはしない。しかし、かといって真実を覆い隠したまま彼女を説得するほどの材料を、ライゼルは持ち合わせていなかった。
「法廷での手腕。お見事でした」
「へっ? え、えぇ……。ありがとう?」
故に。ライゼルは心の内を全て正直に話す事にした。
だが、唐突に告げられたその称賛に、フリーディアは目を白黒させている。しかし、その言葉に添えられたライゼルの言葉が、その言葉の意味を一転させた。
「はい。まるで、どこぞの軍団長の様に理詰めで強弁。有無を言わさぬその正論は、まさに彼女そのもののようでしたよ」
「なっ……ライゼル!? それ、ちっとも褒めてないのだけれど?」
「事実ですから。だからこそ、私としては心中複雑なのです。恩人である貴女に、仇敵であるあの女の影がチラつくのは……」
「むぅ……。以後、気を付けるわ」
「フフ……」
ライゼルは自らの言葉に、まるで子供の様に頬を膨らませてむくれるフリーディアを見て笑みを零す。そうだ。この方はこうでなくては……この純朴さこそが、私自身の命をも救った尊い物なのだから……。
だが同時に、ライゼルは思考の片隅で、自らの弁護をするフリーディアの姿こそが、騎士団長……人の上に立つ者として必要な物であると考えている事を自覚する。
「っ……」
頭を振り、必死でその思考を振り払おうともがくが、ライゼルの意思に反し、もがけばもがくほどその光景が脳裏に再生される。
「確かにライゼルは罪を犯しました。しかし、彼は冒険者将校……我々の擁する強力な戦力です」
まずフリーディアは、真摯な顔で相手の主張を呑んだうえで、共通の事実を提示した。
「更に、魔王軍との戦闘は苛烈を極める一方……たった一度の過ちで、彼のように強力な戦力を処刑するなど言語道断です!」
そして、軍部のお偉方を睨み付け、フリーディアは告げた真実を利用して話題を擦り替えた。
「だが……強力な戦力と言えど、制御できんのならば意味は無い。戦況が逼迫しているからこそ、どこに噛みつくかも解らん狂犬を飼う余裕は無いのだよ。なればこそ、その身を以て償わせるほかあるまい?」
「フフ……つまり軍部の考えとしては、ライゼルは制御できれば問題ない……そうですね?」
「あ、あぁ……」
ため息と共に、渋い顔で反論する高官を前に、記憶の中のフリーディアが溶けた蝋燭の様に歪んだ笑みを浮かべる。そして、その豹変した表情に気圧されたのか、軍部の高官たちがたじろいだ瞬間……。
「ならば、ライゼルは我等白翼騎士団が制御しましょう。一度は彼をこうして捕らえた我々であれば、独断専行など絶対に許しません」
止めとばかりに、フリーディアは圧倒的な正論を高官たちへと叩き付けた。
無論。それはあくまでも擦り替えた理論の上での話。この瞬間での話の主軸は、ライゼルの罪では無く戦力としての有用性について語っている。
だからこそ、弁の立つ歴戦の高官と言えど、頬に汗を流しながら唸る事しかできない。
「っ――! し、しかし!!」
「犯した罪は、身を以て償わせるべきでは?」
「ぐむっ……ムゥ……」
そして、やっとの思いでひねり出そうとした反駁さえも、彼等の言葉を用いた正論で叩き潰す。ただし……この正論も、処刑を以て罪を償わせる事と、奉仕をする事で罪を償わせる意味を擦り替えた暴論なのだが。
「裁判長。裁定を」
「っ……。ライゼル・シュピナーの任を解き、白翼騎士団の所属とする」
暫くの沈黙の後。木槌を叩く音と共に重々しい声が響き渡り、判決が出る。
私はその光景を、胸をかき回されるような思いで見ている事しかできなかった……。
「っ……」
「ライゼル? おーい?」
「っ……!」
突如。ライゼルの思考の世界にフリーディアの声が響き渡り、回想に沈んでいたライゼルの意識が現実へと急速に引き戻される。
「どうしたの? ぼぅっとして?」
「……いえ。何でもありませんよ」
その瞬間。視界に一杯に映ったフリーディアの顔から身を離しながら、ライゼルは小さく微笑んで視線を逸らしたのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




