22話 聖剣の勇者
「真打登場という訳か」
「と言うかお前、雑魚魔族のくせして俺の町で何やってくれてんの?」
テミスは胸中の嫌悪感を隠さずに言葉に乗せるが、そもそもの会話が成り立たなかった。
ニヤニヤと卑しい笑みを浮かべたカズトは、あの朝と同じ剣をぶらぶらと脇に抱えながら、もう片方の手で鎖を引いてテミスへと近付く。その鎖の先には、犬のように首輪で引きずられる若い女性の姿があった。
「この町は……魔王領のはずだが?」
「だ~か~ら~……解放してやったんだから俺のモノ。わかる?」
「ク……クククククッ……」
次々と投下される怒りの炎に視界が明滅し、口角がどんどんと歪む。そのような下らない欲望のために、この町を蹂躙したこの男を叩き切りたいという衝動が、笑い声となってテミスの口から漏れ出た。
「アンタも良く見たら良いカラダしてんね。そこそこ強そうだし、この町と一緒でさっさと潰して奴隷にする――」
我慢の限界は突然現れた。目にもとまらぬ速さで動いたテミスが、カズトが口上を述べ終わる前に、傍らに落ちていたブロードソードを手に取って投擲。投げ放った剣はカズトが持っていた鎖を中程で断ち切って地面に突き立った。
「……お前さぁ、良く空気読めないって――ッ!」
カズトの不機嫌そうな口上を無視して深く踏み込み、肩に担いでいた大剣を叩きつけるように振るう。
しかし、まるで細身の刀を振るったかのような風切り音がしただけで手ごたえはない。テミスの数歩先で、カズトは踏み込む前と同じ間合いを保ちながら、その顔を緊張に歪ませていた。
「お前。軍団長か……?」
「だったらなんだ? 降伏して命乞いでもするか?」
「ふざけろっ!」
左手に残っていた鎖の残骸を投げ捨てて、カズトが凄まじいスピードで正面からテミスへと切りかかった。
「フッ……!」
テミスの大剣が、人間離れした膂力とスピードで切り付けられるカズトの剣を受け止め、左右へと受け流す。その斬撃はテントの支柱を撫で切り、私の背後の町を破壊していく。
「チィッ……場所を移すぞ」
「その手には乗るかよ!」
舌打ちと共に出した提案も、激しさを増し、無数の光の筋と化したカズトの乱撃によって切り落とされる。
「ホラホラホラァッ! さっきまでの威勢はどうした!」
「チッ……三下風情がッ……」
テミスは舌打ちをすると、自らの失策に歯噛みする。
カズトの攻撃は、型も滅茶苦茶で一見隙だらけに見えるが、その一撃一撃が異様に重かった。多数を相手にするために大剣を選んだ事が裏目に出た。初動の遅い大剣では防ぐことはできても切り込む隙が無い。
激しい打ち合いの末、バキィィン、とひと際大きな音が響き、力任せに振るわれていたカズトの黄金の剣とテミスの漆黒の大剣が火花を散らして鍔競り合った。
「フン、雑魚相手に粋がれても、所詮は下等な魔族。この程度か」
「ククッ……味方の部隊は既に死に体で敗走は必至。そんな状況だと言うのに、ずいぶんと嬉しそうだな? カズト・タケナカ君?」
ヘルム越しに、カズトの顔が驚きに歪むのが見えた。
「サイド・インパクト」
瞬間。テミスはカズトの一瞬の動揺に付け込んで能力を発動させ、技を起動させる。
地味な技でどんな作品でも登場回数は少ないが、この技はこと実戦の剣戟においては最強と呼べるほど効果的な技だろう。直前の一撃を任意のタイミングで再現し叩きつける不可視の技。この一撃だけでもカズトを倒せる可能性はあるが……。
「ハァッ!」
「ぐっ……」
テミスは鍔迫り合いに突如乱入してきた衝撃に合わせて大剣に力を込め、カズトを門の外側まで弾き飛ばす。これ以上この町をこの下賤な侵略者に破壊させるわけにはいかない。
「っ!」
土煙が晴れないうちにその中へと跳び込んで、飛び掛かるように大剣を叩き下ろす。
「へ……へへ。お得意の魔法って奴か」
黒の大剣と黄金の剣がぶつかり合うと、凄まじい衝撃波と共に辺りに漂っていた土煙が吹き飛ばされた。
「けどなぁ……俺みたいな勇者にはこんなのもあんだぜ?」
言葉と共に掲げて見せたカズトの剣が、黄金の光を放ち始める。
光が剣を包み込むと、カズトは不敵な笑みと共に剣を振り上げ、真正面から待ち構えるテミスへと飛び掛かった。
「光ろうが何だろうが同じ事……っ!」
そう呟きながらテミスは大剣を光剣の進路に置いて防御した。
これまでと同様に打ち合いに行かず、受けに回ったこの些細な判断ミスがテミスにとっての地獄の始まりだった。
「オラッ! クソがっ! あんだけ! 大口叩いた割にっ……その程度かよっ!」
「チィ……」
テミスは、カズトの多少あがった息と共に繰り出される斬撃を受けながら歯噛みする。奴の剣が光を纏ってから、もう何合打ち合っただろうか。
傍から見れば最小限の動きで身を守りつつ棒立ちする私は、周りを飛び回りながら繰り出すカズトの斬撃を余裕で受け流し、獲物がへばるのを待っているように見えるだろう。
だが実際は逆だ。あの剣が光を纏い始めてから、奴の斬撃が一等重くなり防戦に回らざるを得なくなっている。
ガキィン! と。もう何度目になるかもわからない音と共に、テミスの視界端を黒い欠片が落ちていった。
「フッ……腐っても転生者か」
剣戟の音に紛れてボソリと零して、眠っていた記憶が呼び起こされる。まさにあのシーンのように、この黒い欠片こそが私に残された時間という事か……。
絶体絶命の危機のはずなのに、テミスは何故か冷静な気持ちでカズトの猛攻を防いでいる大剣へと目を落とす。そこには、磨き上げられていたはずの刀身は無く、細かいヒビとノコギリの様に刃こぼれした無残な大剣の姿があった。
「……仕方がないか」
小さく息を吸い込んで、意識を集中させる。ぶっつけ本番と言うのは性に合わないがこの状況で贅沢は言ってられない。
「んっ……⁉」
「ハァッッ! ッ……カハァァァァァ……」
テミスは、カズトがピクリと反応した瞬間に能力を発動させてイメージを一点に集中させる。この技に明確な名前はない。だが、闘気の解放だったり魔力の放出であったりと様々な形で使われてきた技だ。
直後。私の体から放たれた不可視の力が地面の土を巻き上げ、攻撃を予測して後ろに跳んだカズトの体をより遠くへと吹きとばした。
「錬成・エクスカリバー」
その隙を逃さず、テミスはかつてイゼルの町で聞いた名を呼びながら、手にした大剣に手を掲げて能力を注ぎ込む。イメージするのはもちろん、カズトがイメージしたであろうあの物語の主人公が携える聖剣だ。
「なっ……あ……あっ……」
「どうした? 何を驚いている?」
まばゆい光が収まると、テミスの手にはカズトの物と瓜二つの、金色の装飾が施された剣が握られていた。
「馬鹿な……この剣は僕にしか使えない……」
「どうした? 口調が戻っているぞ? 勇者・カズト君?」
「何っ……」
「まあ。そんな事はどうでも良いか」
軽く呟きながら剣を左右に切り払い、感触を確かめる。意思に反応する大剣とは異なり結構な重量を感じるが、強化された肉体には大した重さではない。
「では、そろそろ本気で行こうか」
「っ……」
テミスは切っ先をカズトに向けて宣言をすると、剣を下段に構えて力を込める。
その途端に剣が反応し、カズトの握るそれと同じように、眩い金色の光を放ち始めた。
「ふ、ふ、ふざけるなっ! この聖剣は俺だけの……俺だけが扱える伝説の剣だぞっ!」
「そういう設定だったのか? 自ら作り出しておいてよく言う……恥ずかしくは無いのか?」
「ッ……手加減してやってれば調子に乗りやがってェ!」
テミスはヘルムを傾けながら、怒りで顔を赤くするカズトを更に挑発する。こいつが創っている剣があの聖剣であるのなら、武器の上ではこれで五分と五分。後は純粋に腕の勝負になる。
「ぶち殺してやる……クソがッ! これでも食らって消し飛びやがれェ!」
宣言するように叫びながら頭上に聖剣を構えたカズトと、下段に構えたテミスの詠唱が重なる。その詠唱はかの世界の作品の王が放つ、究極の奥義だ。
「我らが神よ、主の敬虔な子羊たる我が祈りを聴き入れ給え。我の祈りを力と為し、巨悪を撃ち滅ぼす御業を授け給え!」
詠唱と共に、相対する2人が握る剣の輝きが増し、耳鳴りのような高音が戦場に鳴り響く。
テミスが身を落とし、カズトは背を伸ばす。一瞬の沈黙の後、弾けるように飛び出した二人の叫びと共に、凄まじい閃光と轟音がファントの町に轟き渡った。




