219話 進化する魔王
「フム……では、本題に入ろうか」
一通りの食事を終えた後、喉を潤したギルティアが静かに口を開いた。
「本題……だと?」
「ああ。戦後処理と言うヤツだ」
「っ……!」
その言葉を聞いたフリーディアの顔が微かに強張り、膝の上に置かれた手が拳を握る。
今回。コトを仕掛けたのは人間側だ。それも、和平交渉を申し入れておきながらもそれを利用するという悪辣極まりない手段……魔王から言い渡される条件次第では、命懸けで逃げ出さねばならない事態になるかもしれない……。
そう考えながら、フリーディアは視線だけで出口の位置を確認する。幸いにも、テミスを除けばこの四人の中で私が一番扉に近い。テミスさえ通してくれるのであれば、逃げ出せる可能性は十分にある筈……。
「まずは、テミス……お前だ」
「私……? 褒章ならば喜んで受け取るがな」
「無論だ。この戦いにおけるお前の功績は大きい」
ドサリ。と。ギルティアは言葉と共に大きく膨れ上がった革袋を取り出すと、テミスの前に置いた。この革袋……見間違いでなければ、以前に渡された革袋と同じ材質のようだが……。
「黒貨幣500枚。好きに使え」
「ごひゃっ――!?」
事も無げに言い放たれたその言葉に、テミスは言葉を詰まらせて立ち上がった。
本当に、コイツは何を考えているんだ……!?
黒貨一枚のおおよその価値は、前の世界でいう所の十万円ほど。それが500枚あるという事は、今目の前に投げ出されたこの袋の中には、五千万円もの大金が詰まっている事になる。
「不満か? なら、今回お前が使った秘匿武器を公開すれば、もう千払っても良いがな」
「断る。不満など無いさ。逆に多過ぎると驚愕していた程だ」
テミスはギルティアの探るような目線に、即座に衝撃から立ち直ると、席に腰を下ろしながら不敵な笑みを浮かべる。
やむを得ずに作ってしまった武器ではあるが、あれらは完全にこの世界の物ではない。だからこそ、その未知の技術は一撃必殺を可能としている。要は初見殺しと言うヤツだ。だからこそ、公開してしまっては意味が無いし、そもそもに公開する気も無い。
そもそも、戦時国際法すら存在しない世界だ。そんな世界であんなものを広めてしまっては、おちおち外も歩けなくなる。
「フン……まあいい。それでルギウス。お前からも何かあると言っていたな?」
「はい。私は今回の件では救われた身……以前のラズール戦線でも窮地を救われ、テミスには借りができる一方です」
「クク……確かにな。読めたぞ。お前の望みが」
目を丸くするテミスの前で、ギルティアはルギウスの言葉に笑みを漏らす。そして、その表情を見たルギウスはコクリと頷くと、ギルティアに頭を下げて言葉を続ける。
「テミスに……十三軍団の要請に限り、全ての要請を最優先とする事をお許しいただけませんかっ?」
「……はっ?」
「許可する。では、以降は第五軍団に対する命令も、要請という形を取るとしよう」
「っ……ありがとうございます」
テミスが置いて行かれている間に、ルギウスとギルティアの間でどんどんと話が進んでいっている。たかが友軍を救った程度で、何をそこまで大げさに捉えているのだ……?
――だが、まぁ良い。貰えるものは貰っておこう。
自らの手を離れ進んでいく事柄に、テミスは胸中でほくそ笑みながらそう判断を下す。話を聞いていた限りでは、我々の損になるような事ではない。むしろ、今までの第五軍団との関係性が、魔王公認になった程度と考えて良いだろう。
「では最後に娘……フリーディア……だったな?」
「っ……はい……」
ギルティアが話の矛先を向けると、フリーディアはビクリと身を震わせて背を伸ばした。話の内容如何では、これからすぐに命を駆けた逃走が始まるのだ。
「フム……その前にまず、お前の話を聞こうか。人間であるお前がこの場に居るのだ、何かあるのだろう?」
「……そう、ね。なら、先に話させて貰いましょうか」
フリーディアはゴクリと生唾を飲み下すと、小さく息を吐いてから口を開く。
そもそも私はこの場に呼ばれた訳では無い。今回の事態の顛末を伝える為にファントを尋ねたら、こんな場所へ引き出されたのだ。
「ラズール方面軍司令、マーヌエルは戦死したわ。そして、試験運用の作戦案は今回の失敗により全て破棄……少なくとも、和平交渉を盾にした誘因作戦が乱発される事は無いわ」
「そうか。それは良い報せだ」
「……良くないわよ。テミス。貴女はね……」
「どういう事だ?」
そう言って頬を緩ませたテミスに、眉を顰めたフリーディアが呆れたように首を振る。無知蒙昧な捨てがまりが当面は行われないと解ったのは、良い報せではないのか?
「軍部は今回の一件で、テミス……あなたが使った術式の解明と研究を開始したわ」
「ハンッ……無駄だ。いくら骨を折ろうと――……」
その瞬間。余裕の笑みを浮かべていたテミスの言葉が途切れ、その顔色が瞬時に青く染まる。
これは、非常にマズいのではないか……?
連中の側には、どれくらいの頻度かはわからないが、あの忌々しい女神から現代の知識を持った連中が補給される。もしも、粋がった連中が余分な知恵を与えたとしたら……。
「察しがついたかしら? 流石の貴女も肝を冷やして居るみたいね? テミス。軍部は全軍に貴女の捕獲命令を出したわ」
「…………はっ?」
その瞬間。明後日の方向へと飛んだフリーディアの報告に、テミスは首を傾げて硬直する。
捕獲? 私は敵だぞ? それも、連中からしてみれば憎き魔王軍に肩入れする裏切り者だ。それを何故……生かして捕らえるなど……。
「貴女のその強さを隅々まで調べ上げ、それを他の兵士たちに転用するそうよ」
「ククッ……クハハハハッ! 面白い! 捕らえられるものならば捕えてみろ!」
フリーディアが意地の悪い笑みを浮かべてそう付け加えると、テミスは高笑いと共にそう宣言する。
なるほど、そういう方向へ行ったか。ならば、私の心配も杞憂に終わりそうだ。要は、私が囚われなければそれで済む話なのだ。
「……フム。ではフリーディアよ。一つ問おうか」
「――っ!」
その様子を眺めていたギルティアがおもむろに口を開くと、フリーディアは表情を硬くして続く問いを待つ。
「貴様……魔王軍にも来ないか?」
「えっ……?」
「へっ……?」
「ブフッ――! クククククッ……」
ギルティアの言葉に、二つの疑問符(とテミスの笑い)が重なった。
「……まさか、魔王直々に誘いを受けるとはね。それでも、私の答えは変わらないわ。私は人間……大切な人たちに刃を向ける事はできない」
「いや。そうではない。私は、魔王軍にも加わらんかと聞いたのだ」
フリーディアは魔王の誘いを凛とした言葉で突き返したが、当のギルティアは薄い笑みを浮かべながら首を横に振る。
「我等とて、無駄な血を流す事を良しとしている訳では無い。そして、私は今回の一件で思い知ったのだ。世界すら破滅に導きかねん愚策であっても、事前に知り、敵方に協力者が存在すれば、止め得るとな」
「っ……まさか、私に密偵になれって言うの?」
「それも否だ。今回の様に、お前がこちら側に流すべきだと判断した情報だけを伝え、それが火急であると私が判断した時のみ……魔王軍はお前達を友軍として扱おう」
ゾクリ。と。ギルティアの裁定を聞いた瞬間。テミスは自らの肌が粟立つのを自覚した。
この男には、常識という概念は存在しない……。ただ貪欲に結果を求め、それに最も効率が良いと判断した時には、こうして驚くほどに柔軟な思考を見せる……。
「っ……考えておくわ」
「ククク。今はそれで良い」
フリーディアが回答を保留すると、ギルティアは愉しそうな笑みを浮かべて大きく頷いた。だが、戦慄しながらもその様子を眺めるテミスには、一種の確信があった。
いつになるかはわからないが、フリーディアはきっとこの誘いを受けるのだろう。と。
「……やれやれ。大した男だ」
小さなため息とともにそう零したテミスがふと、窓から空を仰いだ瞬間。その視界の端で、赤い流星が微かに瞬いたのだった。
本日の更新で第六章が完結となります。
この後、数話の幕間を挟んだ後に第七章がスタートします。
遂に手段を択ばなくなった人間達とギルティアの歩み寄り。そして、女神教なる者たち……。そしてフリーディアから明かされた、テミスへと迫る魔手……。
もしも、この世界に世界終末時計が存在したら、きっとその針は零時を振り切っているのでしょうね……。
続きまして、ブックマークをして下さっている160名の方、更に評価をいただきました15名の方、そしてセイギの味方の狂騒曲を読んでくださった皆様、いつも応援、本当にありがとうございます。
お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、ネット小説大賞さんに応募させていただきました。劇中のテミス達ではありませんが、私の見果てぬ夢……動いてしゃべるテミス達やその戦いの日々……ぜひ見てみたいです。
そして、そんな夢を見る私を応援して下さる皆様に、改めて感謝を述べさせていただきます。ありがとうございます。
そんな皆様のご期待に沿えるよう頑張りますので、これからもご愛読・ご声援をよろしくお願いいたします。
さて、テミスやフリーディア、更には人間領や魔王領の情勢が蠢く中。流動していく世界で彼女たちはどう『生きて』いくのか……。そして、安息を求めるテミスの元に、平和が訪れる日は来るのでしょうか? セイギの味方の狂騒曲第7章。是非ご期待ください!
2020/3/8 棗雪
2020/11/23 誤字修正しました




